えにし。肆
「…どう?ハッチ?」
「コレは…ちょっと難しいデス」
真選組の隊士が半分いなくなった騒動から約一週間。こんな軽い言い方をすると怒られそうだが、結果としてはそんなもんだろう。一人の人間に振り回されて、自分の信念を貫いた人とそうでなかった人。後者が消えただけだ。組織のトップに牙を向くなど言語道断。消えて然るべき者達であって何も感情はない。
そう言い切ったら退に嫌な顔をされた。今回、伊東の側に付いて情報を集めていた裏切り者に退と同じ部署、監察の人間がいた。別段副長に対して反感など持ち合わせていなかったので、伊東の考えに偶々共感したか、破格の待遇をされたか。あの混乱の最中に死んだ為、今となっては確認出来ないが、そんなもんだろう。私の辞令を持ってきたのも彼だった。
『考えてもみいや、山崎。そんな簡単に掌を返す人物が監察にいたんやで。恐ろしくないか?』
『まぁ、…そうですけど…』
『敵に捕らえられたら間違いなくあっさり情報を吐くタイプっス。むしろ今回の件でいなくなったことを喜ぶべきかもしれないっスね』
万斉に斬られた治療をした関係でずっとウチにいた退。目を覚ました時に全てのことを聞いて複雑な顔をしたその退に容赦ないことを言ったのは真子と喜助だ。だけど、そんな簡単に割り切れないよと呟いて苦笑いを返した彼に、そういう考えを持っていたんだなと安心した。
ついでに連れて来ていた副長の魂魄を死神全員に診せて、診察を仰いだのがハッチだ。いや、そもそもの目的がそれだ。副長が手にしてしまった妖刀。ここ一週間はそれを離すために、全国各地の所謂除術師を訪ね歩いていた。最初、呪いを解きたいと言われた時にうちらが何とかすると言ったのだが、取り敢えず現世の中で方法があるならそれを優先したいと言われた。確かに斬魄刀ではなく妖刀。自分の存在する世界の理に従う行動を取ろうとする副長に感心して、一緒に周り歩いたのだが。結局方法は見つからず、最終手段として死神に頼ることにしたのだ。
しかし如何せん、死神であっても全員が難しい顔をして副長を見つめて黙り込むという始末。そんな十二人の視線を一身に受けて副長はいつも通りややムスッとした表情を浮かべ胡座をかいて私らの会話を聞いている。ちなみに場所は地下勉強部屋だ。初めて連れて来たが、ここに降りた瞬間の副長の顔を私は忘れない。
「だってコレ入り込んだちゃうやん。完全に融合のレベルやで。一歩進んどるわ」
「いやぁ…コレ融合っていうか、最早均一と言うべきか…名前さん、これ何日目っスか」
「約14日」
「因果の鎖はギリギリか…」
「まぁホンマにギリギリやで。ホラ、偶に見えとる」
「あ、ホントだぁ〜トッシーのじゃないね」
「ハッチが難しい言うたらあとは鉄裁ぐらいやな。何処行きおった?」
「羊羹切りに行った」
「オイオイ、大鬼道長」
「大丈夫。多分、包丁は使ってない」
「心配してるとこちゃうで。ていうかどうやって切っとんねん」
「斬魄刀」
「何が大丈夫やねん。…アレ?俺の逆撫は?」
そう言ってきょろきょろする真子を無視して、副長に向き直るとどうしましょうかねぇと呟いた。
「…どうもこうも、お前らでも無理ならどうしようもねぇだろ」
「と、申しますと」
「折り合いをつける」
この妖刀でこの先の戦闘をして行くと言っているのだ。確かにあの場では見事に捩じ伏せて抜くことが出来ていたが、またふとした瞬間に出てくるか分からない。しかもあの時は精神的にも高ぶっていたし、火事場の馬鹿力的なモノもあっただろう。少しリスクが高すぎる。
「お前の言いたいことは分かる」
「貴方の仰りたいことも分かります」
だがそれでも持ち続けるのが土方十四郎という男だし、その意思を覆すのは非常に困難なのである。しかもタチの悪いことに彼はもし自分が危機に陥っても、私がなんとかしてくれると決めつけているのだ。現に、そう言って私を見つめる副長の顔には不敵な笑みが浮かべられている。これで私に対する信頼が示されているとお思いになっているとしたら大層なお考えであるが、彼はそうしか思っていないだろう。本当にお粗末な頭である。
そうやって推察した彼の思考回路にため息を吐くと、立ち上がって十四郎へ近付きながら話しかけた。
「十四郎。これは、死神としての忠告だが」
「…なんだ」
「私を含め、その妖刀を持ち続けることに是という者は一人もいない」
銀時が顰めっ面をする言い回しをすれば同じ様に顰めっ面をする十四郎。そんな彼の目の前に来て一瞬見下ろす。しかし同時に私を見上げるその視線は、確かに下から来ているのに見下ろされている気分になるのは何故か。どうでもいいことを思いながら直ぐに視線を下げると膝をついた。
「ですが、副長。貴方がそれを持ち続けると言うのなら、私はそれに従うまでです」
「…他の隊士に被害が及ぶかもしれねぇのにか」
「貴方がそれを仰いますか」
銀時は不思議そうな顔をしていたが大凡の予測はついていると思う。私が死神だと明かした後、彼は副官としての意見を求めるのに加えて死神としての考えを求める時があった。更に毒針の一件があった後に、私は死神として戦闘に出る場合があるとも話した。その二週間後ぐらいに副長の部屋で書類整理をしていた時、唐突に区別をつけようと副長が言って来たのだ。
『名前、ですか』
『ああ。それ以降の敬語もいらねぇ。本来なら俺よりよっぽど歳上のお前だ。普段からなくたって構わねぇぐらいだ』
『それは、隊の規律に支障が出ます』
『まあそう言うと思ってはいたが。ふとした瞬間に死神よりの考えを思うことがあるだろ。場合によっては戦闘中にお前ら関係の事柄が生じるかもしれねぇ。だが、それを咄嗟に伝えるのに一々説明してらんねぇだろ』
『それを、省く為の……謂わばスイッチみたいなものですか』
『そうだ。名前で呼んだら切り替えだ』
中々良案ではあった。今後、死神による奇襲がないとも言い切れない。単独で動きたい時も出てくるかもしれない。そんな時に一々副長の許可を取るのは確かに鬱陶しい。下手すれば命取りになる。なので少し間を空けて了承の意を伝えた。少々奇妙な感じもしたが、コレが私達の縁(えにし)だと、一件の言葉を借りるならこう表現出来よう。それに今回も結構便利だったと思う。戦闘は終わった筈なのに私が死神として振舞っていたから多少なりとも副長は警戒をしていた。だから、下手に口も手も出して来なかった。
何かを考えていたのだろう。目を細めて数秒後、煙草を口に咥えた副長が懐のライターに手を伸ばしながら口を開いた。
「……一つ。命令を出す」
「何なりと」
「俺が'そういう'状態に陥った時、鬼道でも斬魄刀でも何でもいい。即座に俺を戦線離脱させろ。ついでにお前が指揮を執れ」
「はい、承服致しました。ですが、貴方のその状態はどう致しますか」
「放っておけ。鬼道で飛ばすなら屯所にでもしてくれ」
投げやりにそう言って煙を吐き出した副長に、座標を指定しなくても飛ばせる様に両方に印をつけるかなと考えていると、不意に頭が重くなった。
「名前、飛ばすならここにせェ。俺らが面倒見たる」
「は?平子お前何言ってん…」
「考えてもみぃや、十四郎。そないな状態で屯所帰ってどないすんねん」
「どうって…入れ替わるまで自分の部屋に…」
「それが無理だって話っスよ。名前さんを使って飛ばして貰わなきゃいけないぐらいに自分の意識がないのに、一体どうやって部屋に引きこもるおつもりっスか」
言われてみれば確かにそうだ。今回の一件の全てを復帰したら副長は隊士全員に話すと決めている。だが、物捕りの最中に屯所へ強制送還された副長のしかもヘタレたオタクの面倒を誰が見たいか。更に普段鬼と言われる副長のギャップを隊士達が簡単に受け入れられる筈がない。あれは寧ろ逆にトラウマレベルだ。
そうやって考えていた私の表情に納得の色が浮かんでいるのを副長は見たのだろう。焦った様に私に視線を戻した。
「お、オイ、四楓院…まさかお前…」
「副長。真子と喜助の言っていることは正論です。それに強制的に自我を取り戻してくれる技術も人も揃っています」
「だけどな!俺は、」
「更に失礼を承知で申し上げるならば、副長のヘタレオタクの様相は隊の士気に関わります」
「………」
「ココならば何度か転送したことあるので、切羽詰まっていたとしても失敗することはないでしょう。それに喜助達がいるなら安心して送れます」
寧ろ何でココが嫌なのかが分からない、と言う表情も付け加えて言い切れば、副長は口を開けて呆然と固まってしまった。ポロリと落ちた煙草に気付いていない様だ。反論しようにもどこも欠点が見つからないのだろう。彼がそこまで真子達に関わるのが嫌とは考えにくいが、恐らく自分の素知らぬ時に自分の身体をいじられる事が耐えられないのだと推測される。あの技術開発局を抱える隊の隊長副隊長が揃っているのだ。何をされるか分かったもんじゃないと思いもするが、尸魂界の護廷隊事情を知らない筈なのに何やら察知出来る副長は流石勘が鋭いと褒めるべきか。
「何か異論は」
「…ないです」
そう言ってやや絶望的な表情を浮かべて返事をした副長が絶対に妖刀に乗っ取られてたまるかと内心で誓っていたのは誰の目にも明らかで。タイミング良く鉄裁が持ってきた羊羹を真子の分まで食べていたのは当然の行為かと全員で笑った。
(何してんねん!十四郎!!)
(るせェぞ平子!!大体テメェに名前で呼ばれる筋合いはねェ!!)
(…仲ええな、あんたら)
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