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記憶。





懐かしい。

不思議にも雪月の世界に入って最初に思ったのはそれだった。
一面銀世界。自分の真横に広がる巨大な湖は厚い氷に覆われ、前の遥か遠くに森の様なモノが見えるがそれも雪を被っている。見える限り山はない。動物もいない。

だけど、そこに雪月はいた。


「……漸く、辿り着いたか」

「ゆ、づき……」


氷雨は副隊長でありながら卍解を習得していたので具象化された雪月を見る機会がちょくちょくあった。斬魄刀の色と真逆の黒い浴衣に黒い下駄。真っ白い短髪。氷雨より少し高い身長は190ぐらいだろうか。あの時と一切変わらない出で立ちで軽く懐手をしながら、立っていた。
自然と頬を涙が伝っていた。


「……夢、じゃない?」

「違う。これは現実だ。お前が氷雨の霊圧で、私の世界へと入った」


良く、頑張った。
そう言われた瞬間、雪月に抱き付いていた。彼はそんな私の行動が分かっていたのか、驚く事もなく確りと受け止めてくれた。


「…名前。単刀直入に言おう」

「……うん」

「お前の虚化を止めていたのは私だ。まぁ、最近は予想外に奴の力が強くなってやや押されてしまったが。浦原には世話になったと伝えてくれ」


予想というか確信していたとは言え、本人から言われるとまた違う。思わず体を離して彼の両腕を掴んだ。


「私は貴方の世界に来たことはない。繋がりがないのになんで貴方は私の世界に入れたの」

「氷雨が繋いだ」

「いつ。どうやって」

「忘れたか。卍解の私の能力を」

「まさか。有幻覚。忘れる筈もない」

「それに必要な条件があったろ」

「…氷雨の指示、とそれに対する相手の許可」

「それの応用…いや。禁忌がある」

「…どういうこと」

「簡潔に言えば主の乗り換えだ」


その瞬間に蘇るのは彼の最後の言葉。

…『名前、貴女にコレを差し上げます』

あの時かなり渋ったのだが、確か最終的には貰うと返事をした。いや、させられた。斬魄刀を貰うなど死を認めたもの同然だ。絶対に受け取りたくなかった。


「氷雨の真の指示は私の所持。それを斬魄刀を貰うという当時のお前でも理解出来る言葉にすり替えて、お前の許可を貰った」

「…でも有幻覚って言ってもあくまでも幻覚でしょ」

「だから、禁忌に値する」

「…どういうこと」

「冗談を言うな、名前。幻覚を現実とする。それは本来あり得ないことだ。だがそれを一度だけ、自らの命と引き換えに出来る。それが、私の卍解の最終禁忌、【遷し】だ」


氷雨は予想していたのだろうか。私が将来とんでもないことに巻き込まれることを。喜助さえ解き明かすことの出来ない現象に私がかかってしまうことを。
いや、そうではない。彼は単に私が心配だっただけだ。死神として未熟な私を一人置いて行くことに。恐らく自分が死ぬ状況になった時、私に渡すことは決めてあったのだろう。勿論、雪月もそれを了承していた筈だ。だから、彼の具象化した姿を見せ、彼の霊圧に触れさせ、イメージし易くしていた。私が"そこに"行ける様に。だけど、私は悲しいからと、辛いからと思い出さずに奥にしまい込んでいた。自分の都合で氷雨の優しさを無下にしていた。


「……ごめん」

「何を謝る。この時期で来るとは上出来だ。お前が理解出来るまでもう少し掛かると踏んでいたからな。まぁ、きっかけというか来なければならない状況下というのも関係しているのだろうが」


私は会えて嬉しいぞ。
そう言って微笑んだ雪月に再び涙が溢れた。

























「……それにしても氷雨さんのその禁忌、名前さんの為に作られたとしか思えないっスね」

「へ?なんで?」


朝稽古から約二十時間後。夜も更けた頃に屯所の屋根で喜助と会っていた。ちなみに対話は外界には何の影響もなく終わった。副長にやるなら事前に言えと殴られたぐらいだ。涼によれば三十分もしないうちに戻って来たらしい。私が雪月の世界へ行っていたのも大体それぐらいだったので彼の時間と現実の時間は同じぐらいの進みなのだろう。


「だって、仮にも主を移し替えられたとしても氷雨さんの霊圧にならないと斬魄刀を解放出来ないじゃないっスか」

「あ、そっか」


そして昼間ぐらいに喜助と夜一と鉄裁にメールをして、夜屯所でと返事を貰い、ここにいる。今は朝の対話を一通り話終えた所で、喜助は納得したように頷いていた。その表情は数日前と違って明るい。やはり自分が理解出来ていない状態は気持ちが悪かったのだと改めて彼の科学者っぷりを知った。


「吉田副隊長が卍解を習得したのは…」

「私と会って一年半ぐらい経った頃。多分そこから卍解状態での技を学んで、最終形に行き着いたのは更に五年後だったと思う」

「なら、きっとあの人はそこで手に入れたんスね」


【遷し】、を。
それに無言で頷くと夜風がすっと吹いた。それが通った道を見ながら喜助が、ふと思い出した様に尋ねた。


「そう言えば風車さんは拗ねたりとかしてないんスか?」

「してないよ。寧ろ、雪月と何とかしてコンタクト取ろうと頑張ってる」

「…やっぱり斬魄刀も其々っスねぇ〜…僕の紅姫なんて恐らく拗ねちゃって、暫く出て来ないと思いますよ」

「そりゃあ喜助の普段の行いからだよ」


僕、そんなに悪いんスかねぇ。私に同調する様に霊圧を滲ませた紅姫に、そう言って喜助は悲しそうな目を向けたので思わず声を出して笑ってしまった。


「…まぁ、コレで名前さんの謎も解けた事だし、平子さん達の方に集中出来そうっスね」

「大変お騒がせを致しました」

「イエイエ。あ、そうだ。コレ、渡しておきます」


そう言って渡されたのは何やら細長いボールペンぐらいの長さのモノ。それを十本程まとめて渡された。


「こないだ暴走したのを覚えてますか」

「雪月が世話になった、って」

「それっス。多分貴女の体調があまり良くない時に満月が重なると虚の力が強くなるんでしょう。その時を必ずしも我々が察知出来る訳ではないので、何となく危ないなと思ったらコレを刺して下さい」

「…何処に」

「心臓に。厳密に言えば洞房結節から二センチ弱右に離れた所っス」


細か過ぎる。だけど、その理由を彼は言ってないし恐らく言うつもりもないのだろう。これだけ詳しい値を言って来たんだ。何らかの確実な情報と根拠に基づいている筈だがそれを私に言わないと言うことは、言えない何かがある。だがその追求は恐らく許されない。彼の目がそう言っている。
そこまで考えて小さくため息を吐くと、渡された管のキャップ部分を取った。注射針の様なモノが出て来て、まるで輸液の管を繋ぐ時に使うサーフロー針の様な作りだ。


「めんど」

「そう言わないで下さいよ〜土方さん達の為と思って」

「ハイハイ」


でも喜助のやることが間違っていたことはそうそうない。明日資料室から解剖の本でも探すかなと思いながら針をしまった。




















(いっそのこと土方さんに打って貰っ…痛い!)
(アホ)

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