記憶。
「……つまり…私も…」
「そうっス。ですが、あの時は出なかった」
「だけじゃない。普通の虚化ともまた違う」
「はい。恐らく理由はコレっス」
そう言って喜助が持ち上げた真っ白い刀を見て私は思わず目を瞑った。
「あり得ない」
「だけど、それが起きている」
「だって、斬魄刀は一人に一つ。逆もまた然り。一つの斬魄刀に主が二人いることもない」
私の斬魄刀は風車。彼と出会い、対話を重ね、具象化、屈服、卍解習得までずっと二人でやって来た。そこに"もう一人"は絶対にいなかった。常にあの空間には私と風車だけだった筈だ。いや、そもそも他者が入り込める筈もない。
「持ち主が消えた場合、刀は別の主に移れることはご存知っスよね」
「…それは知ってるけど、私は"雪月"と対話なんてしたことない」
「事前に吉田副隊長から命じられていた場合は」
「そんなの…」
分かる筈もない。確かめる術もない。氷雨はもう死んでいるのだ。それに彼の斬魄刀、雪月に問いたくとも精神世界のイメージが漠然としか分からず困難だ。
氷雨が死んでから今迄、喜助達は意図的に彼の話題を避けていた。私が幼かったのが最大の理由だろうが、それは今になっても変わらなかった。気を使わなくて良い、と何度も言おうとしたが、その度に氷雨との日々を思い出してしまい泣きそうになるので、結局言えず仕舞いでズルズルと来た感じだ。
それなのに今、喜助は普通に氷雨の名前を出し、しかも当時の役職で呼んだ。だが私もその意図が分からない程子供でも馬鹿でもない。彼の思惑には気付いている。
「難しいのは分かっています」
「霊圧は記憶というより感覚だからね」
「…辛いのも分かってる」
その言葉に喜助を睨む様に見てしまった。彼がやって欲しいと言っているのは氷雨の斬魄刀との対話。氷雪系であり、自分の斬魄刀との対話を教えて貰ったときに氷雨の精神世界のイメージを聞いたことがあったので、何となくは想像出来るし、私の特殊能力があれば出来ないこともない。だけど、その霊圧を思い出す作業に問題があるのだ。単なる記憶と異なり、謂わばその人の雰囲気を真似するのだから、当然その人との思い出やら何やらが重要となる。未だに泣きそうになる私が無表情でこなせる訳がない。しかし、そんな悠長なことは言ってられない。
私が何故普通の虚化をせずに済んだのかの理由は恐らく雪月が握っているからだ。
只でさえ理解し難い現象に四苦八苦して漸く辿り着いた虚化の制御方法。一応はそれが最適の手段であるが、私という特殊例を単に雪月のお陰だね、で済ませられる程安易に考えられる現象でもない。下手をすれば江戸が壊滅してしまうかもしれない。
私は喜助から氷雨の斬魄刀を取ると、立ち上がって腰に差した。
「猶予は」
「恐らく陰暦の一ヶ月。貴方も気付いているでしょうが、」
「満月」
「そうっス。以前にも霊圧の暴走があったのも考えると大いに関係があると思います」
次の満月迄には対話を成功させて下さい。
それに頷きながら後ろ手を振ると、副長が起きる前には帰ろうと屯所の方へと足を走らせた。
ー 記憶 ー
『…対話?』
『はい。斬魄刀と語り合う、ということです』
『どうやってやるの?』
『斬魄刀が住んでいそうな世界を頭に思い描くことが大切です』
『…難し…』
『あはは。そうですねぇ…例えば、私の斬魄刀は氷雪系ですね?』
『うん』
『攻撃も雪を降らせる物が多い。故に私はいつも雪原を頭に描いて彼の世界へと繋ぎます』
『…この斬魄刀は…』
『貴女はコレを拾った時、どういう印象を持ちましたか?第一印象も大切ですよ』
『拾った、時……確か…
…ー風が吹いていた。
そこから一気に頭へイメージが流れ込み、風車の世界へと繋がって彼の名前を聞くことに成功した。
私がまだ斬魄刀の名も知らず、潤林安郊外の竹林で氷雨に拾って貰ってから一年が経った頃の話だ。
今朝方、浦原宅から帰って来て二時間後。今は朝稽古に参加する隊士を眺めながら過去の記憶を遡っていた。座禅を組み、氷雨の斬魄刀を膝に乗せながら対話を試みる為に必死にイメージをしているのだ。だが、どうにも上手く行かず、怒鳴る副長の声と珍しく真面目に指導する局長の声とふざけたアイマスクをしながら鼻提灯を膨らまし素振りをする総悟を何とも無しに眺めている。ていうかなんで総悟はあれで素振りが出来るんだ。
「総悟!!テメェ、マジメに素振りすら出来ねぇのか!!」
「…土方の死体が五千四百二体、土方の死体が五千四百三体、土方の死体が…」
「寝ながら何数えてんだァァアアア!!」
いや、絶対寝てないからねアレ。
冷静に考えてみなよ。昨晩から寝て今までずっと死体数えてるっておかしいでしょ。ただおちょくってるだけだから。総悟は構って欲しいんですよ、副長に。
それに、素振りが重要だなんて総悟が一番分かってる筈だ。一番地味で嫌がられる修行かもしれないが、基本を疎かにしてはいけない。
『素振り、と言っても手を抜いてはいけません』
ほら、氷雨だってこう言って…
『と、雪月から言われましてね』
「…あ」
そうだ。どうして今迄忘れていた。
氷雨が雪月との対話に入る時、私とは構えが異なっていたではないか。私は座禅を組んでいたが、彼は…
「お。珍しいな、名前。お前も一緒にやるか」
「……局長」
「ん?どうした」
「今から私は暫く戻って来ませんので、このまま放っておいて下さい」
「…へ?ど、どういう…」
急に立ち上がった私に隣にいた局長は嬉しそうにそう言って来たが、生憎私の素振りは"一回で"終わる。それに今からやろうとしているのは素振りではない。対話だ。時計を見れば朝稽古は残り一時間。それ迄に帰って来れるかは疑問だが、今の感じなら行けそうだ。
「涼、ちょっとこっちおいで」
「あ、はい」
副隊長は隊長の真後ろで素振りをやる。いつも通りの副長とのやり取りにいつも通りの困った様な表情を浮かべる涼を呼べば、何だか若干嬉しそうな顔をして此方へ来た。喧騒の煩さに辟易していたのかもしれない。
「この先、一瞬でも私から"何かマズイな"って感じたら早急に隊士を全員出して、退に喜助を呼ぶ様に言って」
「…え、…っと、そしたら俺は…」
「あんたも出るけど、ちょっと離れた所から私の霊圧を観察してて。…出来るね?」
「………分かりました」
対話で自分の体外に影響があるとは思えないが、万一を考慮しての対策だ。一瞬ワケの分からないと言った表情を浮かべたが、直ぐに確りと頷いてくれた涼ににっこりと笑う。局長は相変わらず目をパチクリさせたままだ。
そして総悟と副長の痴話喧嘩を聞きながら氷雨の斬魄刀ー雪月を抜いてゆっくり振り上げると、一気に振り下ろした。
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