約束。弍
雨は嫌いだ。
水の流れる音は確かに心安らぐ音だとは思うが、天候で雨となるとまた話は別だ。しとしと、と言われたって綺麗な音だとは思えない。
だって、雨は雪を溶かすから。
折角綺麗に降り積もった白銀の世界を一瞬で土色に変えてしまう。白に茶色が混ざったモノは目を背けたくなる程に汚い。あの人が大好きなモノなのに。雪を見る時、それは愛おしそうに見ていた。そんなあの人の顔も綺麗だった。
『雪は、いいモノですね』
「……氷雨…」
そう呟いた口に塩っぱい水が滑り込んで来た。
やっぱり雨は嫌いだ。
ー 約束。弐 ー
「四楓院、いるか」
ゴリラと偽ゴリラのお見合いの翌日。本日休業日である私と副長は屯所内の自室で其々過ごしていた。と言っても書類整理やサインなどほぼ仕事と言っても変わりはないことをしていたのだが。恐らく副長も同じなのだろう。いますよ、と答えた後に開いた襖から覗いた彼の顔は何処かしら疲れが見える。
「…今日は休暇だろ」
「その言葉、そのままお返し致しますよ」
つい先程淹れたばかりの急須を傾けながら笑うと、後ろで副長も苦笑していた。
「それで、何の御用でしょうか」
「分かってんだろ」
「承知しておりますとも」
「だったら、聞くんじゃ…」
「そうです。承知しております。ですが、だからこそ聞いたんです」
本当に宜しいのですか、と。
私が渡した湯呑みを挟んでお互いに掴みながら、その言葉を告げるとふと部屋がしんとなり、同時に副長の目がすっと細くなった。その内に外の雨の音が聞こえて来て、それを振り払う様に言葉を次いだ。
「…と、いうのは冗談でして」
「だろうな。急にシリアスにするから逆に焦った。身に覚えはねぇ」
「お疲れの様でしたので、少し冗談を織り交ぜようかと」
「バカ。お前の場合、冗談にならねぇんだよ」
マジで焦ったからな。
私の手が漸く離れた湯呑みを口に運びながら、少し怒った様に言う様子に思わず笑いが零れた。そんな私を怒る様に睨んではいるが、まるで怖くない。その視線を避ける様に菓子受けの饅頭を取ると、副長は再び私の名前を呼んだ。
「…今日は暇か」
「それは、デートのお誘いですか」
「ああ」
「…本来ならば木刀を渡しながら言う言葉ではありませんよね」
そう。湯呑みを置いた彼が徐に背後に手をやったなと思って若干警戒していたら、木刀の鋒が出て来て。反射的に左手でそれを掴み、懐の小刀に手が伸びた所で思い留まった。危ない。彼以外の人なら確実に殺してた。
「残念だな。現世のデートはこういうモンなんだよ」
「あら心外ですね。私だって、現世で言うデートと言うモノは分かっているつもりですが」
「俺だって心外だな。デートってのは相手が好きな場所に連れてくモンだろうが」
「……は?」
「だってお前、好きだろ?」
好き勝手暴れられる場所。
その言葉に彼が何処へ行こうとしているのかを悟り思わず目を見開いてしまった。だが、イタズラにニヤリと笑った副長の後ろからひょっこりと現れた総悟の顔も同じ様な表情をしていて、呆れたような笑いが零れた。
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