約束。壱





「それで、どーしたの。お前は」

「見てた」

「オイオイ、仮にも護衛だろ」

「だって、あの子は脅しだけで殺す気はなかったんだもん」

「仕事しやがれ、税金ドロボー」


自分を囲む隊士を一瞬で峰打ちにし、副長の刀にヒビを入れるという中々見事なガキんちょに出会った翌日。お見合いに付き添えと長官に引っ張られた私はとある高級料亭の屋根にいた。車で降りた時に知ってる霊圧があったので下らない話をしている二人を置いて瞬歩で消えてそっちに向かったら、銀時達万事屋がいたのだ。何やら屋根の雨漏り修理を頼まれたらしく、朝から働き詰めらしい。豆パンを食べて足りないという顔をする神楽に持っていたチョコレートを渡して、彼女がそれに気をとられている内に昨日の経緯を話し終えた所で冒頭に戻る。
ドロボーだの俺もチョコ食べたいだのとブツブツ言う銀時が煩くて、本当は新八にあげる筈だったアポロを渡すと一気に大人しくなった。餓鬼か。


「で、何でお前はいんの?」

「拉致誘拐」

「そりゃ犯人御愁傷様だな」

「局長見合い」

「そりゃ相手はゴリラだな」

「大正解」

「…………は?マジで?」

「自分の目で確かめて見れば?」


機嫌の良くなった銀時が投げかける問いにふざけてる風を装って端的に応えていたのだが、最後の大正解は私の顔を見て本当の事だと悟ったらしい。アポロをポロリと落としながら私を凝視している。
が、阿呆らしと吐き捨てると不意にその目が真剣な眼差しに変わった。


「…で、最初の質問に戻るぞ」

「その言い方、喜助そっくり」

「はぐらかすんじゃねぇよ。お前、此処に何しに来た?」

「局長のお見合いの付き添い」

「…言い方変えるぞ。ついでに誰の霊圧を見つけた?」


驚いた。私が"そいつ"の霊圧を見付けたのは神楽にチョコをあげた時だ。僅かに目を動かしただけなのだが、良く気付いたなこの人は。あれ、バレてる。銀さんエスパーだから。ふざけんな。そんな会話をしてみたが、マジでエスパーなんじゃないかと疑いたくなる。


「ちょっと敵討ちに」

「ちょっと買い物に、みたいなノリで言うな。怖ェーよ」


確かに昨日私はガキんちょの攻撃を見送った。ガキんちょは脅しと大袈裟に言えば自分の実力の誇示の為に副長に向かって行っただけだったから。それになんか勘違いして貰うと困るから言っておくと、私は副長に向かう全ての攻撃を防ぐワケではない。なまって貰っても困るので本当に命の危機に瀕する攻撃以外は副長に任せている。それは彼も承知だし、むしろそうしてくれと言われた。だから今回も見送ったのだが、やはりどうにも気が済まない時もある。その理由は分からない。許せる時とそうでない時の基準は謎だ。


「相手は人間の餓鬼だろ、冷静になれよ」

「むぐっ…」


まるで私の心を読んだかのような銀時にそう言われて驚いている隙に口へアポロを六つ程押し込まれて思わず呻いた。銀時をやや睨みながらそれを飲み込むと、じゃあ行ってきますと手を振って瞬歩でそこから消えた。

…で、驚いた。
ガキんちょの霊圧を辿って着いたらそこに新八がいたのだ。
まぁ、今日ここで屋根の雨漏り修理をしていたから彼がいるのはまだ分かる。が、同じ場所に妙もいた。しかもガキんちょと対面していて、どうやら新八は何やら一発食らったらしい。妙は新八を支えて不安気な目でガキんちょを見ている。そんな妙が奇跡的に私に気付いた。


「名前ちゃん…」


助けてというよりどうにかして欲しい、と縋られた感じの目だった。それにどう考えてもガキんちょが悪役にしか見えない構図だったので、手にある斬魄刀を抜くと斬りかかった。


「っ君は、妙ちゃんの何だ!」

「そういうのは尋ねる方が先に言うんじゃないのか」

「妙ちゃんの許嫁だ!」

「……………は?」


いやいやいや。
ちょっと待て。名を聞くなら自分から名乗れ、のノリで言ってみたらまさか答えが返って来るとは思わなかったが、驚いたのはそっちではない。ガキんちょは今、許嫁と言った。それに妙の反論もない。妙はたとえまな板を前に構えていても見間違うことなき女だ。そしてガキんちょも女だ。許嫁って、夫婦になる約束だろ。ふざけろ。二人とも妻やないか。思わず刀持つ手の力が一瞬緩まったわ。それともなんや。まさかこのガキんちょ、自分が男だと思い込んでんのか?


「…自分、頭打ったんとちゃう?」

「僕はふざけてなどいない!」

「御ふざけと勘違いはちゃうで。悪いこと言わんから一度病院行き。良い脳神経外科の先生紹介したるわ」


剣の腕は確かなのに、勿体無いなと思いながらそう言って若干いきり立っているガキんちょの肩を合わせた刀越しにポンと叩くと、彼女の殺気が一気に膨れ上がった。
そして一旦引いた後に再び向けられた刀は昨日とは比べ物にならない程疾く、連続で出された太刀のウチ一番初めのモノだけ首を掠め、残りは全部躱したり受け止めたりして最後のだけは敢えて派手な音を立てて止めた。


「……貴様、何者だ」

「私は二度も同じ事を言うのは嫌いだよ」

「…柳生家次期当主。柳生九兵衞だ」

「真選組副長護衛兼補佐、四楓院名前」


真選組、と彼女の口が動いた。
それとガキんちょの攻撃の仕方で分かった事がある。


「あんた。分かってて言ってるね、ソレ」

「だから何だ。コレは昔僕と妙ちゃんで交わした約束だ。誰にも邪魔をする権利はない」


彼女は自分が女だと分かった上で妙を許嫁と言っている。頭がおかしい訳ではなかった。世の中には色んな人がいて、恋愛に関する考えも人それぞれだ。私はそれに口を挟むつもりもないし、別段軽蔑したりはしない。しかし、それはお互いの理解あってのことだと思う。だが今の妙の表情を見る限り、何か事情を抱えた上での了承だとしか思えない。妙自身の納得なしで、彼女を持って行かれてたまるか。
力尽くで追い払うか。
思い切り薙ぎ払って一度距離を取ると、ちょっと本気を出そうと構え直した。

が、そこで思いも寄らぬ声がした。


「待って、名前ちゃん」


よもや助けをせがまれた人から待ったをかけられるとは思うまい。
眉を潜めて何だと応えれば不意に妙の背中が視界に入った。彼女からガキんちょにお帰りを願ってくれるならそれに越した事はない。刀を下ろして妙の背中を見ていれば何故か彼女の足が前に進んだ。その向かう先は柳生九兵衞。


「…え、ちょっと…妙!?」

「姉上!!」


一瞬理解出来なくて止まってしまったが、新八と同時に声を上げた。だが、その足は止まることはない。更にもう一度呼び掛けて、物理的に引き戻そうと足を踏み出そうとした時だった。


「オィィイ!!アレなんとかしろよ!お前のペットなんだろ!!」

「違う!実はアレ王女!!」


庭側の襖をぶち破ってバカ三人とゴリラが飛び込んで来た。しかも見事に妙と私の間に。だが、とてもじゃないがその状況にツッコむ雰囲気ではない。妙はぼんやりとその様子を眺めていたが、みんなと呟いた。


「……さようなら」


涙を浮かべ口を噛み締めて。
そう言い放った彼女に全員が茫然とし、ワンテンポ遅れて銀時がオイと肩を掴みかけたが再び王女の暴走が始まり、喧騒の中、柳生九兵衞と共に妙は消えてしまった。























(妙にかかる枷は余りにも重い)

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