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お粗末な頭。















「!?……っ、は…ハァ、………な、い…?……」


息も絶え絶えに飛び起きると、まっさきに自分の腹を見た。さっきの斬られ方は非常にまずかった。早急に適切な処置をしなければ、いくら死神でも失血死で確実に死ぬ。だが、そこは跡形もなく、ただ自分の皮膚が見えただけ。これ程まで完璧な処置は鉄裁かハッチか。だけど、傷口付近からは二人の霊圧どころか誰の霊圧も感じられない。じゃあ一体誰がどうやって、と思ったところで不意に障子の開く音がした。


「…え、…ふ、副ちょ…」

「…起きたか……てか、どうした?」


何を言ってるんだ。貴方はさっき私を刺したじゃないか。と言いかけて、ふと何かおかしいことに気付いた。障子の音、と言ったようにここは私の屯所内の部屋だ。しかも、時計を見ればまだ六時前。一日経ったのかとも思ったが、私の部屋の壁時計は日付も示す。それがまだ今日だ、ということを指していた。それに良く良く考えてみればおかしいことだらけだった。涼が黙っているだって?あの子は確かに口が堅いが、私や仲間に何かあって自分の手に負えなくなった時に、言われた通りに黙ってるなんてまずあり得ない。必ずその問題を対処出来る人物に助けを求める。そして、目覚めたら医務室?それこそ一番あり得ない。医療班に頼るなんて滅多なことがない限りやらないから、いくら意識が朦朧としていたとしても涼にまさか医務室に運べだなんてそんなことを頼む筈もない。
ちなみに副長とのやり取りだが、これに関してはあまりあり得ないとは断言出来ない。流石に最後のはないとは思いたいが。

つまり、さっきのは夢。

そうとも気付かず、私はさっき障子が開かれると同時、布団から飛び起きて部屋の隅へ下がってスカートの下に隠しているナイフを抜いて構えた。あまりにもリアル過ぎる夢に思わず現実かと勘違いして今さっきの行動をとった自分に、ため息が漏れた。


「…いえ、何でもありません」

「いや、なんでもねぇわけねぇだろ。殺気まで出しといて」

「それについては謝ります。ですが、仮にも女性の部屋。声掛けぐらいするのが常識では」

「俺もそれについては謝ろう。だが、その行動が解せねぇ。お前が倒れる原因となったことに関係するのか」


薄暗い中でも分かる。そう言って私に近寄ってきた副長の顔には疑念はあるものの大半が心配の表情を浮かべていた。さっきの悪意が滲み出ていた笑みとは明らかに違う。それが安堵を誘い、ナイフを手放して壁に背を着けるとズルズルと座り込んだ。情けない。こんなことで恐怖してしまう自分に。


「オ、オイ!大丈夫か!?」

「大丈夫です。ちょっと変な夢を見て気が立ってたみたいです」

「…珍しいな、お前がそんなことで動揺するとは」

「それよりも。涼からどういう風に聞いたんですか?」


ナイフを仕舞いながらそう聞くと、私の前に膝をついて座って顔を覗き込んでいた副長は徐に立ち上がって部屋の電気を点けた。
で、驚いた。


「え、涼?」

「やっぱ気付いてなかったか。お前、相当具合悪いだろ」


私は開かれた障子から一番距離がある部屋の隅に移動した。その対角線上、入り口の障子に比較的近い所に涼がいた。しかも寝ている。そして、副長の言ったことが明確に示された。涼は私も余裕で霊圧察知が出来るぐらい非常に霊圧が高い。それを副長は知っている。だけど、私は今の今迄全く気付かなかった。感覚が鈍る程の体調なのかと思わず顔をしかめた。


「名前さんが死んじゃうーって、俺らが帰って来るなり総悟に泣き付いて来てな。それまでずっと部屋でタオル変えたりして看病してたらしい」

「…タオル?」


再びしゃがみ、今度は私の前で胡座をかきながら言った副長にそう疑問を呟けば、唐突におでこを触られた。予想以上に冷たい彼の手に一瞬さっきの夢が頭をよぎったが、なんとか振り払うのを押し留める。


「さっきよりはマシか」

「熱、あるんですか?私」

「ああ。俺らが帰って来たときは40度超えてて流石に焦った」


40度超。人間の蛋白質変成が42度から始まるからそれは焦るだろう。世間一般に42はある程度のボーダーラインと言われている。涼には悪いことしたかな、と目を向ければまるで聞こえているかのように首がかくんと下がった。


「…で。どうしてそうなった」

「矢高の牢屋へ行きました」


副長はきっと私が素直に話さないと思ったのだろう。この問答も長く続きそうだと懐の煙草へと手を伸ばし口に咥えたところだったのだが、私があっさりと告げれば驚いたようにこちらを見た。


「…何を聞きに」

「矢高の本当の所属場所を」

「天狗党じゃなかったってことか?」

「はい。彼は表面は天狗党でしたが、本当に仕えていた一派がありました」

「…何処だ」

「特別指名手配犯、高杉晋助が率いる一派」

「まさか……鬼兵隊」

「御名答です」


今度は副長の目が大きく見開かれた。


「……何故、そうだと分かった。拷問でもしたか」

「いえ、とんでもない。ただ、彼に着いていた霊圧に覚えがあって」

「そんなもんも分かるのか、お前らは……で、それが高杉だった、と」

「はい」

「それで、直接口を割らせようと牢屋へ行ったが、奴が隠し持っていたそれでやられた」

「面目ないですが、その通りです」


副長がそれ、と指したのは私が話しながらベストのポケットから取り出したハンカチに包んだ二本の針だ。私はこの時、一本しか放たれていないと思っていたので心臓を狙っていた方は止めた。しかし、その一本にまぎれるように投げられていたもう一本を認識するのが遅すぎた。軌道を見切って首を傾けたは良いが、僅かに掠った。まぁ即効性の致死毒じゃなかっただけマシとしても、大失態の域には入る。それを話してすいませんと謝れば、油断し過ぎだと頭をコツンとされた。


「それにしても嫌に素直だな」


まさかそんなことをされるとは思いもよらず、小突かれた頭に手をやって不思議そうに副長を見るが、彼は既にライターへと手を伸ばしている。それを見てそう言えばさっきの副長は煙草を吸う素振りも見せなかったなとぼんやりと思いながら、口を開く。


「夢で、貴方に殺されました」

「………オイオイ、なんて夢見てんだ」


ライターを点ける前で良かった。口からポロリと煙草を落とし、ニテンポぐらい遅れて言葉を零したものの副長はこれでもかと言う程に唖然としている。そんな様子に軽く笑いながら、私は更に言葉を継ぐ。


「矢高に何を聞き出した、と聞かれてシラを切ろうとしたのですが、貴方はまるで私の行動全てを見ていたかのように問い詰めて来ました。勿論、殺気を痛い程に飛ばすというオプション付きで。それでも、私は表情を変えずに頑なに口を閉ざしていたのですが、最後に名前で呼ばれたことに驚いた一瞬の隙を突かれ、腹部大動脈を的確に刺されました。その後、話せないなら死ねという一言と共にその刀は左に引かれ、私の身体は半分だけ繋がった状態で崩れ落ち、そこでふっつりと意識は途絶えました」


落ちた煙草を拾おうともせず、私を凝視し続ける副長。恐らく夢の内容に驚いているだけなのだろうが、ここまで固まられると別の意味で捉えてしまい兼ねない。しかし、そんなことあるわけない、と頭に過った疑念を払拭する為に枕元にある水を取りに行こうと立ち上がった瞬間、唐突に腕を掴まれた。


「どうか、なさいましたか」

「俺はそんなことはしねぇ」

「副長、たかが夢ですよ?そんな真剣に言うことでも、」

「だが、お前はそのたかが夢で動転した。現実にないと言い切れないから、と考えたからじゃないのか?」


一緒にいる時間が長すぎたか。
こうもあっさりと見破られると最早色んな事を隠す気も失せてくる。上げかけていた腰を下ろして副長の前に正座をすると、一つ息を吐いた。


「………仰る通りで」

「ふざけるな。俺は、お前を殺そうだなんて、微塵も思ったことはねぇ。口を割らなかったからと言って、斬り捨てようなんぞも思ったこともねぇ。お前の秘密主義なんざ、今に始まったことじゃねぇだろ」


目を真っ直ぐに見て、一気にそう捲し立てられて、思わずたじろいてしまった。しかし、彼はまだ言い足りないようで、更に口を開く。


「お前、矢高の牢屋へ行ったのは俺に話したことが真の目的じゃねぇだろ」


…何故分かった。そしてデジャヴか、これは。
夢が再び頭を過ぎり今度は思わず身を引けば、逆に副長は私の両腕を引いて自分の方へ寄せた。


「だが、それを問い詰めることはしねぇ。お前の夢の様にはな」

「…え、…」

「本来尸魂界にいるべきお前らがどうして現世に来たか。それを俺らは知らねぇが、理を重んじるお前らがそれに逆らってまで来たからには並々ならぬ理由があるんだろ」


驚いた。と、私は正直に顔に出してしまった。私は自分が死神だとカミングアウトした時に何故こっちに来たかは曖昧なままにした。まずは彼らに死後の世界を認識させることが第一だったからというのもあるが、理由を知って下手に首を突っ込ませない為だ。だけど、追い追い話して行くつもりでもあった。恐らく、最終的には巻き込んでしまうことになるからだ。


「俺らを巻き込みたくないんだろ。だが、そうも言ってられないことが分かった。お前らの抱える何かが幕府絡みだからだ。そうなると俺らは巻き込まれることが必至。だから、それを最小限に抑える為にお前は仕事の傍ら情報を掻き集めている。浦原や他の死神達とな。違うか」


恐ろしい人だ。前々から何か勘付いていたとは言え、たった一つの情報を渡しただけでここまで予測が立つものなのか。真選組の頭脳、とは良く言ったモノだ。喜助にも匹敵するのではと寒気までしそうだ。だが、ここまで分かっているとなると、この人はあることに気付いているのではないだろうか。


「…副長…」

「なんだ」

「貴方、分かってるんですか?私が此処に入った理由は貴方の護衛をする為ではないんですよ?」

「ああ、分かってる」

「今後、私は貴方を迷いなく捨てるかもしれないんですよ?」

「ああ」

「私、貴方を利用してるに等しいんですよ?」

「俺らだって利用してる」

「え?何を、」

「お前のその戦闘力に甘んじて、現場では当たり前のように一番厄介な所を任せていた」

「そんなのは当然でしょう。むしろ、自分から志願致します」

「それにお前の実力がより明白になったこの先、そういうことが増えることも考えられる」

「全く以って意に介しません」

「それと、同じだよ」

「………レベルが、違い過ぎる」

「いや、同じだ」

「だって。貴方は私一人。私は貴方を含めた真選組全員ですよ?」

「どっちの命が重いかなんて、測れるワケがねぇだろ」

「測れます。私は既に一度死んでいる身。あなた方とは雲泥の差です」

「だが。今は、ここで俺らと一緒に生きてるだろ」

「だから!それは偽りの、」

「現に。お前は夢の内容を伝えるのに俺に殺された、と使った。生きてない、と自覚しているヤツが使う言葉じゃねぇよ」

「それは…」

「お前は生きてる」


此処で、俺らと一緒に。

私は、嘘を吐くというか誤魔化すことに慣れすぎていて、しかもそれがバレることも滅多にないから、それらが露呈した時の対応が分からない。掴まれた両腕に段々と力が込められているのを頭の隅で何となく認識しながら、どう答えようかと悪戦苦闘していれば次々と追い打ちをかけてくる副長に非常に困ってしまった。そして、最後の一言は予想以上に私に衝撃を与えた。
彼の言葉が頭の中を反芻し、上手く頭が働いてくれない。


「利用しろ、好きなだけ。だが、俺らも利用する。これで対価は同等だろ」


彼は今の台詞の意味を本当に分かって言ったのだろうか。確かにお互い利用するという事実は同等だろう。だが、その払う対価は彼ら側の方が明らかに大きい。私はいざとなればどうにでも自分の方を有利にすることが出来るが、彼らは力技でもどうしようもないだろう。悪く言えば、いざ此方側に不利な状況となった時、私は彼らを切り捨てることだって出来るのだ。真選組なんて、あっさりと瓦解、若しくは全滅するだろう。しかも彼らは私が何を求めているのかはっきりとは知らない。私に有利過ぎる"等価"交換だ。だけど、私はもう既に真選組に肩入れをし過ぎてしまった。彼が自分らを巻き込みたくないのだろうと言っていたように、彼らを見捨てるなど私には最早不可能に近いのだ。そして加えて、喜助達も私がそういう状況下にあるということを理解してるということも、彼は分かっている。つまりその私の感情分がプラスされるから、この対価はほぼ等価となるのだ。

彼は分かっている。

分かっていて、全てを理解した上で私に言った。自分達側が不利になることも、たとえ不利になったとしても私が彼らを見捨てることはないということも。

大分、お粗末な頭だ。

敢えて危ない橋を渡る意味が分からない。僅かな情報で多くの事実を導き出せる頭を持つ彼が、自分の敬愛する人物も一緒に天秤にかけてしまっている状況を、私の気分一つに任せようとしている。なんて、馬鹿なんだろう。だけど、そんな馬鹿を護ろうとしている私はもっと馬鹿だ。


「…かなり、強引な等価交換ですね」

「お前の誤魔化し方に比べればなんてことはねぇよ」


そんなことを思いつつ苦笑しながらそう言えば、彼は笑いながらそう返して、漸く私の腕を離してくれた。


「…それを知った上でも貴方は私に背中を預けると言うのですか」

「ああ、勿論だ」


落ちた煙草を拾い再び口に咥えながら、言い淀むこともせずにはっきりと言った副長。それを聞いた私は、掴まれて前になっていた腕をそのまま畳に付けて頭を下げた。

















(いつまでも。どこまでも。お望みとあらば、地獄まで。貴方と共に参りましょう)

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