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『知らない人に名前を教えると、おじさんに怒られます。』
松陽「ハハハ、そうですね。最近は物騒ですから。
じゃぁ、先に私から自己紹介をしましょう。
私は吉田松陽。寺子屋で子供たちに勉強を教えています。
そして…銀時、自分で言いなさい。」
銀時「…坂田…銀時。」
松陽「すみません。この子は少し恥ずかしがり屋なものですから…特に女の子とは話をしたことがないものでね。
でも、根は優しい子です。仲良くしてあげてくださいね。」
名前すらも教えない不躾な態度を取った彼女に松陽は顔色一つ変えることなく優しく話しかけた。
松陽「さぁ、もう知らない人ではないでしょう?」
そう言われると彼女もどうしようもないらしく、やっと口を開いた。
『朝日奈美佳と申します。
色々とご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした。』
彼女は静かに箸を置くと、松陽に頭を下げた。
自分と大して年も変わらないように見える彼女のその立ち振る舞いに銀時はさらに驚く。
松陽「美佳ですね。名前を教えてくれてありがとうございました。
そうだ、貴方は勉強好きですか?」
『あまり得意ではありませんが…』
松陽「始めのうちは誰でもそうですよ。でもこれから一緒にたくさんの事を学んで行きましょうね。」
松陽の言葉に美佳と名乗った彼女は驚きの表情を見せる。
松陽「何か事情があるのでしょう?
ここは私と銀時しかいませんから。
男ばかりで嫌にもなるでしょうが、あなたの気が済むまでここに居ていいんですよ。」
そう言うと彼女の頭を優しく撫でた。
そして、彼女はまた涙を流した。
美佳と言う女の子は本当に女の子らしくて、食事が終わると自分から皿洗いを率先して行った。
松陽「お風呂は1人で入れますか?」
皿洗いの後に松陽は彼女の身体の汚れを落とすために風呂を勧めた。
『あの、松陽…先生?お風呂の外に居てくれませんか?』
会ったばかりの男にそんな事を頼むのが恥ずかしいのか、美佳は小さな声で松陽に頼んだ。
その時、銀時は松陽の眉間に皺が寄ったのを見逃さなかった。
松陽「分かりました。でも、私は女の子用の着物を調達して来なければなりません。
代わりに、銀時に外で見張りをさせておきますから安心してお風呂に入ってください。
身体はまだ小さいですが、腕っぷしは強いんですよ、銀時は。」
美佳が頷いたのを見届け、松陽は近所に古くなった女の子用の着物をもらいに出て行った。
『あの…坂田銀時くん。』
銀時「…銀時でいい。」
『でも…』
銀時「なげぇだろ、坂田銀時くんって。
それに坂田なんて苗字、俺にはなくていい。
先生の子供になったんだから、吉田がいい。」
『ウフフ…変なの〜。』
やっと彼女は笑った。
なんで笑ったのかはよく分からなかったけど、彼女の笑顔がとても可愛かったのは覚えている。
銀時は彼女を風呂場に案内すると自分は外に出た。
『銀ちゃ〜ん。』
銀時「なんだよ、銀ちゃんって…」
『だって銀時って呼び捨てにするのもなんだかなぁって思って…』
まだ幼いとは言え、風呂に入っている女と会話をするなんて銀時にはなんだか恥ずかしかった。
それでも彼女は何度も何度も確かめるように銀時の名前を呼んだ。
やがて松陽がいくつかの着物を手に戻って来て、美佳はそれに着替えると風呂から出て来た。
松陽「おいで。髪を梳いてあげましょう。」
松陽はまだ濡れている美佳の髪の毛を優しく拭き、綺麗に櫛を通す。
銀時「先生、俺の時と違う。」
松陽「何がですか?」
銀時「俺の時はガサガサッっと髪拭くだけだった。」
松陽「しょうがないでしょう、君が暴れるんだから。」
銀時「…だって髪の毛いっぱい拭いたら、髪の毛がクルクルになるもん!!」
『クルクル…?あっ、銀ちゃんの天パがひどくなるってこと!?』
銀時「天パって言うな!」
松陽「おやおや、随分と仲良くなったのですね、2人は。」
すぐに打ち解けた2人に松陽は嬉しそうに笑った。
『松陽先生、一緒に寝てもいいですか?』
美佳という奴はなんて甘えん坊なやつなんだろうと銀時は思った。
ひとりで眠るのが怖いとかそんなのは小さな子どもがいう事だ。
松陽「分かりました。私の部屋で一緒に寝ましょう。
でも、そのうち一人で寝るのに慣れるのですよ。」
そう言って、松陽は美佳のワガママの全てを受け入れた。
銀時にはなぜ松陽がそこまで彼女に優しくするのか分からなかった。
ただ自分の時と同じように、困っている彼女を放っておけなかったのだろうと、勝手に解釈していた。
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