突然だけど、土方さんが風邪を引いた。

「38.5…、結構高いですね」
「っ…はぁ……山崎が二人に……」
「あー…」

あの土方さんが風邪を引いて熱を出したと聞いて、俺は俄には信じちゃ居なかった。だけど昼を過ぎても顔を見せない土方さんに流石に心配になって、昼休憩を利用して覗きに来て見れば、ぐったりとした土方さんと、数時間前から姿が見えないと思って居た近藤さんが、宛ら母親の如く甲斐甲斐しく看病する姿に、俺は静かにその場に膝を付いて頭を抱えた。
周りには秘密だが(沖田隊長にはバレて居るらしい)俺と土方さんは付き合って居る。なのにそんな自分ではなく違う人間が恋人の看病をして居るだなんて。幾ら近藤さんでも、やっぱり嫌なものは嫌だった。というかずるい。しかも俺が土方さんの不調を知ったのは廊下での誰それの立ち話で「土方副長が風邪を引いたらしい」というのをたまたま聞いたからだ。

(…恋人失格かなぁ…)

何とかあれこれ都合を付けて近藤さんを部屋から追い出し、二人きりになった土方さんの自室。視線の定まってない虚ろな目でボーッとこちらを見上げて来る土方さんを見返せば、熱のせいかいつもより赤く、心なしかぷっくりと腫れぼったくなった唇が、ゆっくりと音を紡ぐ。うわ、何これ、エロい。

「……い、い」
「?…何です?」

掠れた声は聞き取り難いうえ、いつもの威勢の良さはどこへやら、土方さんは何やら不安気に視線をさ迷わせると、歯切れも悪くうーうー唸って仕舞いには黙ってしまった。

(え、何?何この可愛いの!?エロくて可愛いって何!?最終兵器なのおおお!?)

と、思わず叫んでしまった。もちろん頭の中だけだ。

「あ、水ですか?」
「ちが、う……も、いい、から…出て行け」
「…………嫌です、」
「は!?ゲホッ…嫌じゃねぇだろ、山崎っ…てめぇ感染ったらどうすんだ!?」

ぜえぜえ云ってる土方さんの台詞に被せるようにして、言葉の先を遮る。心配してくれるのは有り難いが、体調が悪いというのにお説教を始めようとするのだから、土方さんの方こそもっと自分を労るべきだろう。

「大丈夫です。俺、こう見えて鍛えてますから。それに俺が土方さんの看病するのはダメで、近藤さんは良いなんて、不公平です。寧ろ近藤さんに感染っちまう方が、よっぽど問題だと思いますが?」
「そ、れは……」

もごもごと口ごもる土方さんは珍しい。あともう一押し、と更に畳み掛ける。

「それとも何です?土方さんは俺に看病されんの………嫌なんですか?」

態と最後の方に間を空けて、しゅん、と肩を落としながら、然も落ち込んだ風を装ってそう問い掛ける。ついでに小首まで傾げてみる。自分ではただただ気持ち悪いとしか思えないこれも、特定の相手にはかなりの効果があったりする。監察で身に付けた数少ない俺のスキルだが、何を隠そう土方さんにも結構効く。

「っ、か………勝手にしろっ…!」
「はいよ!!」

遂に折れた土方さんに、心の中でガッツポーズをキメる。土方さんは生粋の天然タラシだが、こう見えて中身は硬派というか結構お堅い性格だ。特に仕事が立て込んでる今なんかはもう鬼の寝てる間もないくらい兎に角鉄壁である。そんな訳でここ数週間ロクに恋人らしいことも出来て居なかった。だから不謹慎だけど、こういうの、正直云ってちょっと嬉しかったりする。だって『風邪を引いた彼女のお見舞い』なんて、ちょっと恋人っぽい感じするし。少女マンガで云うお見舞いイベントってやつ?まあ、少女マンガなんて読んだことないんだけどね。
なんて「待て」と云われればずっとだって待って居られる天性の犬気質であるこの俺らしくないけれど、要するに俺は無性に土方さんと恋人らしいことがしたかった。まぁ、いざ土方さんの部屋に上がり込むと、土方さんは本気で辛そうで俺は言葉を失った訳だけど。
いつも綺麗にセットされた髪はボサボサのまま放置されているし、そのうえ寝癖になっている。目も虚ろでぼやーっとしている。けど、こんな状態の土方さんはかなりレアだ。熱で赤味を帯びた顔や、大粒の汗が流れる額や首筋、荒く乱れた呼吸を繰り返す姿は、とても煽情的に見えた。ああ、覇だけた鎖骨にかぶり付きたい。とか猟奇的なことをつい思ってしまう。枕を抱き枕みたいにしてぎゅーっと抱き締めてるとことかヤバい。土方さん可愛い。

「土方さん、手拭い温くなって来てますけど…替えます?」
「……かえる…」

相手は病人だ。邪な考えを頭を振って振り払い、俺はすっかり温くなってしまっている手拭いを土方さんの額から取り上げ、脇に近藤さんが用意してくれていた桶の水に浸けた。冷えるまでの僅かな間と、体温計代わりにそっと手を乗せてみる。うわ、あっつい。

「ん……お前の、手、冷たいな…」

土方さんはそう云って俺の手を押さえながら心地良さそうに頬を緩ます。うわ、デレた!珍しいから写メ撮りたい!でもそんなことしたら絶対に機嫌を損ねちまうだろうから、俺はそっと心のシャッターを切った。俺の土方さんメモリーに永久保存確定だ。

「………」

気付けばまた不埒な考えが戻って来ていて、俺はゆっくりと一つ深呼吸をした。そう云えば最近ご無沙汰で、溜まってんだよね、と思ってだからダメだって!と悶々とする思考をどうにか散らす。こんな病人に手を出すとか最低だし、後日完治した土方さんによって確実に殺される。
ほんの一時差した間のせいで、今後を失うのは避けたい。俺だってまだ命が惜しい。
そしてそれからは我慢の連続だった。
台所を借りて山崎退お手製のお粥を作り、俺が「はい、あーん」なんて云いながら口元にレンゲを持って行けば何の躊躇いもなくぱくっと口に含んでむぐむぐする土方さん。「お前の手気持ちいから…」とか云って自分から俺と手を繋ごうとする土方さん。汗を掻いた服を着替えるように云えば「着替えさせろ」と上からな物云いの癖に上目使いで甘えて来る土方さん。
……俺の理性をぶち壊す気ですかアンタ。
しかしグッジョブ風邪菌!と、思わずには居られなかった。

「……じゃあ、そろそろ俺仕事戻りますけど、ちゃんと寝てて下さいね?起きて仕事しとったら治るもんも治りませんから、ダメですからね?また後で来ますんで。あ、土産にプリン買って来ますから楽しみにしとって下さい。……解りました?」
「ああ……うるせぇ。んなこと、解ってんよ」

土方さんは口では変わらず悪態を吐きながらも、心なしか寂しそうに頷く。あー、本当ダメだよこの人。

「えー……っと、キスしても?」
「…………うつるぞ、」

そう云いながらも本気で土方さんが拒否して居る訳じゃないことは直ぐに解った。ふいっと視線を泳がせたが直ぐに戻って来て、じっ、と見上げて来るその目は何だか期待されてるようだ。真夏の海原を思わせる青い睛は熱のせいで潤んで、ドクリ、と更にこちらの熱を煽られた。

「構いませんケド?」
「ちっ……勝手にしろ、」

お許しが出たので俺は遠慮なく唇を、出来る限り優しく、そっと土方さんの唇に重ねた。しかし触れるだけのキスにしようと思って居たのに、さっきまでの無防備な土方さんを思い出すとどうにも興奮してしまって、今までで一番激しいキスをしてしまった。そう云えば普段土方さんが嫌がるから、こんな風に舌を絡めるような深いの初めてかも。土方さんからして来るなんて論外だし、求められたこともない。
土方さんは口内まで熱々で、何だか堪らない気分になる。舌と舌を絡め、舌裏を擽り、上顎をつつけば鼻を抜けるような甘ったるい吐息を洩らす。

「ふっ…む!っ…ぅ、ん!」

肉厚の舌にじゅっと吸い付くと苦しそうに土方さんが呻なった。最後に歯列を舐めて名残惜しくも離れると、二人の間に銀糸を引く。

「ぷはっ…はぁっ……っ、やまりゃき、てっめえっ…!」
「…ごちそうさまです」

呂律は回ってないうえに噛んでるし。
あーもう可愛いなぁ。

「にゃ!?こ……このばきゃやりょーぎゃッ!」
「うふふっ」
「わっ、わりゃうにゃばきゃ!!きめぇ!!」

さて、これで俺も風邪引き確定かな。俺が熱出したら土方さん、看病してくれるかな。看病するのもいいけど、されるのもそれはそれで悪くないと、ぎゃんぎゃんと熱が出て居るというのに元気にご立腹の土方さんの汗で湿った髪を撫で付けながら、俺はそう思った。あと、偶には今みたいなキスをするのも、許してくれないかな。そんなことを考えながら、「はいはい」とおざなりに云って笑うと、恥ずかしがり屋な土方さんからは何発か拳が飛んで来たけれど、やっぱり少しも痛くなかった。




























(アンタの熱なら喜んで)











fin
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14.08.31
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