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「僕、フレン・シーフォ」

「……えっ」

彼女の態度がガラリと変わった。突然僕への興味が湧いたらしい。円らな瞳でじっと僕を見つめ返した。それで僕は彼女の機嫌が直ったのだと思い、断りも入れずにその白い手を取った。

「一緒に遊ぼう」

当時の僕は、これが誰もが喜ぶ最高の誘い文句だと信じていた。

僕らは日が傾くまで一緒に遊んだ。フィナは最初こそ乗り気でなかったが、時間が経つにつれて笑顔が増えていった。彼女が笑うと、とても嬉しい。
笑顔だけじゃない。全ての表情が好きだった。捕まえた虫を鼻先に突きつけて脅かす、なんて子供じみたイタズラもした。そして、それをしていいのは僕一人だけだった。ユーリや他の皆が彼女にちょっかいを出すのは、我慢ならなかったのだ。

皆が家路につく頃、僕は迷い無くフィナの手を引いて、自宅へ連れ帰った。彼女は空からやってきたのだ。帰る家があるとは思えなかった。当然両親は驚き、僕を叱った。

「きっとフィナちゃんのお母さんが心配しているわ」

「でも、フィナは帰り方を知らないんだ。ね!」

「うん……」

「ほら! だから、僕んちにいればいいんだよ!」

「でもねえ……」

母の反応は芳しくなかった。このままではフィナが夜の下町に一人、放り出されてしまう。夜は怖くて危ない。子供が歩いてはいけない世界だと教えられていた。
僕はフィナを守るため、必死に考えた。どうしたら、母を納得させられるだろう。
そして、名案を閃いた。子供らしく単純で、大人からすると滑稽な案を。

「フィナが僕のお嫁さんになればいいんだ!」

「えっ」

フィナも母も、少しは離れた場所で耳を傾けていた父も、目をまあるくして僕を見た。
なんて良いアイデアだろう! 僕は興奮しながらフィナの手を握った。

「お嫁さんは一緒に暮らすものなんだ! だから、ね! 僕のお嫁さんになってよ!」

「う、うん」

彼女は頬を赤く染めて、躊躇いがちに頷いた。それに勇気付けられた僕は、期待込めて母と父を見た。母が困った顔で父を振り向く。父は見開いていた目を細めて、僕の方へ歩み寄った。傍らに方膝立てをし、その大きな手で豪快に僕の頭を撫でた。父の“なでなで”は頭が揺れるほど力強い。

「フレンはその子が好きなんだな」

「うん!」と大きく頷いた。

「だったら、その子をちゃんと守れるな?」

「うん!」

言われずとも、そのつもりだった。フィナの為なら、なんでもできる気がしていた。

それからの毎日は夢のようだった。僕らは一緒に寝起きして、一緒にご飯を食べて、一緒に遊んだ。
フィナは大人しくて優しい子だった。何も言わずに僕の後について来てくれて、僕がユーリとのケンカに夢中になってフィナをほったらかしにしてしまっても、何も言わない。ブランコや滑り台の順番も譲ってくれたし、下町の人間なら「ツバ付けときゃ治る」と言って終わりの怪我にも、とても心配してくれる。
僕にとってフィナが特別なように、フィナにとっても僕は特別なのだと思った。僕達は、特別な関係なのだ。
彼女と過ごし、彼女の事を知るにつれて、僕はフィナの事をもっと好きになっていった。

けれど、夢は突然覚めた。
何の前触れも無く、フィナは僕の前から姿を消した。
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