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犬小屋に足を踏み入れると、獣の視線が一斉に私へ集中した。
犬小屋という名前のイメージに見合わず、馬屋を一回り小さくしただけの大きな建物の中には、これまた大型でスマートな体型の犬が並んでいた。その双眸が一斉に私へ向くのだから、威圧感も半端じゃない。すっかり怖気づいた私は、入り口で片足を踏み込んだまま動けなくなってしまった。
誰だ誰だと通路近くに群がり、首を伸ばして少しでも近くで私を観察しようとする。一匹、繋がれてなかった子がハイエナのような慎重な脚さばきで私に歩み寄ってきた。
でかい。大きい方のラピード並だ。頭に鉄の兜を被ったその姿は、とても強そうに見える。
逃げなきゃ。私は完全に知らない人なのだから、侵入者と勘違いされても仕方ない。吠えたり噛まれたりされるかもしれない。
そうは思うものの、足が凍りついて動かない。
「なにやってんだ?」
先に入っていたユーリが、ドックフード片手にきょとんとした顔で私を見た。
少しイラッとした。こっちは今大変なのに、なんてのんきな!
「餌はここの棚に置いてあるんだ。でもやるのは決まった量だけな。腹壊すから」
ほれ、とドックフードの箱を私に差し出す。ユーリが近づくと、さっきの犬は少し離れてくれた。
「あの子、繋がないの?」
「ん、ランバートか? 多分、隊長がどっかに連れて行こうとしてるんじゃないか」
「隊長の犬なの?」
「ああ。そんで、ラピードの父ちゃんだ」
「へえ!」
気がつけば、ラピードは尻尾を振ってランバートにまとわりついていた。
エサ皿に指示された分量を入れ、二匹の近くに置いて逃げた。それを見てユーリが笑う。
「爆弾置くみてえ」
恥ずかしくて顔がカッと熱くなった。怖いから、と言ったら更に笑われそうだ。
「餌をやってくれたのか。ありがとな」
後ろから声がして、振り向くと同時に頭をポンポンとされた。ナイレン隊長だ。
「ユーリ。ちっこい子をあんまりここへ連れてくるなよ。皆賢いとはいえ、軍用犬だ」
「……はーい」
「フレンは何処行った?」
「何か御用ですか」
間を置かずにフレンが入り口に現れた。まだ馬の世話をしているものだとばかり思っていたので、驚いて体がビクッとした。彼はそんな私に目を向け、目が合うと何故か不満気にぷいと顔を逸らした。
やっぱり嫌われてる。
悲しいと同時にフレンが怖く感じて、隊長の影に隠れた。
「なんだあ? フレン、お前子供が嫌いなのか」
「いえ、そういうわけでは」
「ふむ。だったら荷が重いか」
隊長は自分の顎を撫でて唸った。なんだろうと高い位置にある彼の顔を見上げると、褐色の瞳と目が合い、ニカッと笑いかけられた。
ぽわっと胸が軽くなる。フレンのように顔を背けられなかった。それどころか、笑ってくれた。
元の世界のフレンといる時のような安心感が私を包む。自然と、カチカチだった頬がゆるんだ。
「よっし、フレン」
「はい」
「お前にフィナの世話を任せて俺は出かけようと思っていたが、気が変わった」
「はあ……?」
「俺がフィナの世話すっから、お前が俺の代わりに用事を足して来い」
「は? あの、フィナの世話は先輩達がいるのでは」
「二人には別の仕事があんだよ。そして」