[ 65/83 ]
「レイヴンさん! お久しぶりです」

フレンはまるで新米騎士に戻ったかのように、ハキハキと挨拶した。それにレイヴンはニッと歯を見せて笑う。

「久しぶり。どうしたのよこんな所で。チビちゃん連れて家族サービス?」

「そんなところです。部下に、たまには休めとここのチケットを押し付けられまして」

「ま! いーわね! おっさんも休み欲しいわ〜」

レイヴンはもう隊長ではないというのに、フレンの対応は未だ丁寧さを失わない。それだけ、“シュヴァーン隊長”を尊敬しているのだろう。その気持ちは分からないではないけれど……正直、私はレイヴンが苦手だ。彼を見ると、何故だか警戒心がピリピリと刺激される。過去のトラウマというヤツだろうか。

「フィナちゃんてば、まーだ心を開いてくれないの? おっさん寂しいわぁ」

そんなことを言われても、何とも言いようが無い。無言で見つめ返すと、彼は「うっ、ノーコメント……」と大袈裟に肩を落とした。

「フィナ、ちゃんとご挨拶するんだ」

フレンに厳しい調子で言われ、しぶしぶ「こんにちは」と頭を下げた。

「流石フレンちゃんねえ。子供の躾もしっかりしてるわ」

「そんな……」

早くどっかに行かないかな、と思いながら視線をさまよわせた。彼が去るまでの暇つぶしをするためだったのだが、リングへ目をやって、はたと思いついた。フレンの心配を取り除く方法を。

「ん? んんっ!?」

レイヴンが千草色の瞳を真ん丸くし、まるで美人でも見つけたかのように足元の私を凝視した。
誤解の無いように言っておくが、別に私は“あの姿”になったわけじゃない。ただ、彼の紫色の羽織の裾を握っただけだ。

「フィナ?」

フレンも目を剥いて私を見る。そんな彼を見据えて、言った。

「私、レイヴンさんと一緒にいる」

沈黙が流れた。
フレンの顔が動揺で歪んでゆく。その表情の仰々しさに、拙い事を言ってしまったと気付いた時には、遅かった。

「フィナ!! どうして!!? 僕が嫌いになったのかい!!?」

「えっ」

一瞬辺りが静かになった。フレンの大声に驚き、周囲の観戦客も口をつぐんでこちらを向いていた。

「さっきちょっとだけキツイ言葉を言ったのがまずかったのかい!?? 違うんだ!! ただ僕は君に人と接するに当たって大切な礼儀を教えたかっただけで、君を愛するが故なんだよ!! それとも、最近あまり一緒にいてやれなかった所為かい!? ごめんよ、それは僕も気に病んでて……まだ君には言えないけど、事情があるんだ!」

なんだ、別れ話のもつれか? と興味津々でこっちを見ていた観客は、相手が私だと分かると興味を無くし、ぱらぱらと観戦に戻っていく。

「だから、決して君の事がどうでもいいとか、嫌いになった訳じゃない! むしろ、君の為でもあるんだ!! フィナだって、お母さんが欲しいだろう!?」

言えないとか言いつつ事情を漏らしているあたり、だいぶ動転しているようだ。
嫌々握っていた羽織の裾を、今は本気で握り締めていた。裾の主を見上げてみると、冷や汗を流して一歩後ろに引いていた。
[#次ページ]
[*前ページ] [もくじへ戻る] [しおりを挟む]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -