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約束の日は、あっという間にやってきた。
フレンは折角の休日に“小さい私”と過ごせない事を懸命に謝罪し、ギルド『四季折々』に貰ったというダブルスーツを着込んで約束の一時間前に出ていった。この後ユーリが私を迎えに来て、宿屋の女将さんに預ける手筈になっている。
が、勿論それはフレンへの建前だ。
私は朝の貸しきり状態の浴場に駆け込み、水のシャワーを浴びて大人の姿に変わり、着替えを済ませ、見張りの騎士とメイドに見つからないように城を抜け出した。
待ち合わせ場所を通らないように注意して、集合場所の下町噴水……もとい、井戸広場へ向かう。そこには既に私以外のメンバーが集まっていた。

「よーし、フィナも来た事だし、最終確認だ」

作戦はこうだった。
私はフレンの相手をし、残りの三人と一匹はそれを追尾する。そして、フレンが不道徳な行為に及ぼうとしたり、私の正体がバレそうになったらすかさず助けに入る。依頼を受けたときに『おさわり禁止』の取り決めをしたので、セクハラがあった場合は強制的にデート終了となるそうだ。

「フレンの事だ。フィナを落す為の策を練ってると見て間違いない。皆、油断するな!」


待ち合わせは正門前広場だ。下町から伸びる坂を上って広場に出ると、すぐに彼の姿が視界に入る。
彼は、いつぞやと同じ真っ赤なバラの花束を持って待機していた。
嫌な汗が体中から噴出した。初デートどころかプロポーズに挑もうとしている人に見える。
今すぐ逃げ出したい気持ちに駆られたが、時既に遅し。彼がこちらの存在に気付いた。

「黒髪の君!」

興奮で頬を赤らめたフレンが駆け寄ってくる。『黒髪の君』は私の名前を知らない彼が勝手につけた呼び名だ。まるで位の高い人の二つ名みたいで恥ずかしい。けれども訂正するための別の名前も思いつかない。
彼は私の前まで来ると、「おはよう」と少し照れた笑顔で挨拶した。黒いスーツは彼のスラリとした長身を引き立て、明るい髪の輝きを綺麗に見せていた。

「来てくれてとっても嬉しいよ。これ、今日の記念に。受け取ってくれ」

そう言って真っ赤な花束を差し出す。花束はいらないと、この前言ったばかりだった。

「花束は……」

「受け取ってくれ。僕の気持ちだ」

有無を言わせぬ様子に、つい受け取ってしまった。彼は嬉しそうにニッコリ笑ったが、すぐに申し訳なさそうな顔になった。

「僕がプレゼントしておいてなんだけど、これから街へ出るのに少し邪魔だね」

「そうですね」

花束は両手で抱えるほどある。これを持って移動するのは骨だ。

「丁度、そこに幸福の市場帝都店があるから、配達サービスを頼もう。送料は勿論、僕が出すよ」

「配達サービス?」

「うん。幸福の市場が配達ギルドと組んで始めた新サービスなんだ」

「へえ」

知らなかった。この世界もどんどん便利になっていく。そのうち日本とほとんど変わらない生活水準になるのかもしれない。

フレンは店員さんから申し込み用紙を受け取り、ペンを握った。

「住所と宛名は?」

「えっと……」

住所は迷子になったときのために丸暗記させられた。だから言えるはずだ。
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