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問題の仕事が『凛々の明星』に舞い込んだのは、数日後のことだった。
「フレンが、お前を金で買いたいんだと」
「へあ?」
思わず素っ頓狂な声が漏れた。ユーリは私の反応を見てニヤニヤした後、「デートの依頼だ」と種明かしした。
天下の帝国騎士団長が、届かぬ恋に思い悩んだ末、お金の力に頼った!!
凄い衝撃が私を襲った。彼はそういうことはしないだろうという思い込みがあったのだ。
そう。彼は真正面から正々堂々、戦いを挑んでくるものだとばかり思っていた。
「なんか、意外だね。フレンがお金にモノをいわせるなんて……」
カロルの意見に大いに頷く。けれど、ユーリは「いや」とそれを否定した。
「アイツらしい陰険な手だよ。普通にデートの申し込みをしても断られるのが目に見えてる。だから、ギルドを通して金銭と信用を絡ませて断りにくくしてんだ。仮にも騎士団長だぞ? これくらいの事はしてくるさ」
馬鹿正直に真正面から攻めるだけでは、今のような功績は上げられなかったという事だろうか。
また少し、彼のイメージがぐらついた。
「んで、どうする?」
黒い瞳が私の顔を覗き込んだ。
「どうするって……」
正体がばれる可能性や、フレンと親睦を深める気が無い事を考えると、断る選択肢しか浮かばない。
「貴方個人に来た仕事だから、個人的理由で断るのもありだと思うわ」
いつの間にか隣にジュディスが立っていた。彼女の少し垂れた目が、私を捉える。
「でも、一応ギルドの事も考えておいてね」
「ギルドの……事……」
「そう。『ひとりはギルドのために、ギルドはひとりのために』……貴方は『凛々の明星』の一員なのでしょう?」
今回の仕事と、ギルド。
「ねえユーリ」
「ん?」
「この仕事の報酬って、皆で山分け?」
「ああ」
つまり、私がこの仕事を断ると、皆の給料が減る。
「別に気にする事はねえよ。他にも仕事はあるし、無理に受けて中途半端な仕事されて、信用を落とされる方が迷惑だ」
「信用……」
「信用は、ギルドにとってとても大事なものだよ」
カロルが勇ましい顔で説明を始めた。
「一度受けた依頼を破棄すると、ギルドの信用が落ちるんだ。依頼をこなせなかったり、頼んだ品物の質が悪かったりしても同じ。信用できないギルドに依頼したい人なんていないから、信用が落ちると仕事が減っちゃうんだよ」
つまり、私がこのデートを断ると、ギルドに大きな損害を与える事になる。
突然圧し掛かった責任が胸を締め付けた。
自分の事情だけで依頼を断ろうとしていたなんて、私は、なんて軽率だったんだろう。
ぽん、と誰かの手が私の肩に乗った。ユーリだった。
「無理にとは言わない。お前の正体がバレたら俺の命も危ないんだ。デート中も隠し通す自信が無いなら、受けるな」
彼の表情は真剣だった。
私=娘のフィナをギルドに参加させ、あまつさえ魔物の討伐をさせていたと、あの過保護なフレンに知れたら……秘奥義の練習台だけでは済まないだろう。
彼の瞳を見返した。ユーリの瞳は、とても安心する色だ。日本で慣れ親しんだ黒。フレンの綺麗な碧色も好きだけれど、自分とは違うその色はどこか落ち着かない気持ちにさせる。
じっとユーリの瞳を見つめて、私の心は決まった。彼の瞳を見ていると、不思議と冷静になれる。
「私、この依頼受ける!」
『ひとりはギルドのために、ギルドはひとりのために』
私は、凛々の明星の一員だ!