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「なんだい君は……僕とフィナを引き離そうっていうのかい?」
聞いたことの無い声だった。
低い、恐ろしい、恨みに満ちた声。
一体誰の声かと周囲を見回すが、私達以外に人は見つからない。水路のせせらぎがレンガ造りの通路や建物に反射しているくらいだった。
もう一度、目の前のフレンを見上げる。
彼は腕をもちあげ、逆手で剣を構えるとミュウに向かって一気に衝き立てた。
「やめて!!」
ガリ、とレンガを削る音と共に剣が止まった。ミュウは、空を飛んでいた。
あまりの出来事に目を見開いた。
彼は大きな両耳を翼のようにはためかせ、フヨフヨと宙に浮いているのだ。
「これぞ、ミュウウイングですの!」
「邪魔だな……目障りだよ」
フレンは剣を通路から引き抜き、正眼で構えなおした。
とても彼の声とは思えなかった。私と話すときの、柔らかくて温かい、囁くような優しい声は見る影も無い。
「フレン、どうしたの!?」
目の奥が熱くなって、涙が滲んだ。いつものフレンじゃない。何が起こっているのかわからなかった。
「フィナさん! この人はマモノに取り付かれているですの!」
ミュウの声が、とても大きく、際立って聞こえた。それは、私の疑問を氷解させる答えだった。
「まもの……?」
「そうですの!マモノは人の心の隙間に取り付いて、人を狂わせるですの!」
「じゃあ、このステッキでなんとかできるの!? フレン治せる!?」
「そ……みゅうう!!」
フレンが再びミュウに切りかかった。ミュウは無理な方向転換をした所為でバランスを崩し、地面に落ちる。
「フィナに何を吹き込もうというんだい? そんな人畜無害な外見をして、実はとんでもない害獣だね。フィナの近くに、そんなもの置いておけない……彼女は……僕が守らなきゃ……この世界の事もよく知らない、小さくて非力な守られるべき存在だ。騎士として……保護責任者として……家族として、僕は……」
「フレン……」
ステッキをお守りのように握り締め、彼から距離を取った。
彼は私に危害を加える気は無いようだが、それでも普段とは全く違う彼の様子に恐怖は拭えない。
ぐるり、と彼が首を回して私を見た。思わず肩が飛び跳ねる。
「フィナ……そんな所にいないで、僕の傍へおいで?」
声の調子が戻っている。浮かべる笑顔もいつもと変わらない、優しい笑みだ。
「でも……」
「どうしたの? ……どうして、僕の傍に来てくれないの? 僕は、君が心配で心配で堪らないだけなんだ。君はこの世界で一番大切な存在だからね」
カシャ、と鎧が音を立てる。フレンが一歩ずつ、私に近付いてくる。
「フィナは可愛いから。君を狙う不埒な輩が現れるのは当然なんだ。だからこんな所、長居しちゃいけない」
カシャ。
「早く帰ろう。誰の手も君に届かせやしない。僕が君を守ってあげる。君がこの世界で頼れるのは、僕だけなんだから」
カシャ。
「フィナ、僕は君を―――」