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用を足して、手を洗う為に洗面台に駆け寄った。
此処の洗面台は、蛇口を捻るのに大変な苦労がいる。造りが完全に大人用で、子供の利用を全く想定していないのだ。
洗面台に片手をつき、何とか蛇口を捻ろうと精一杯腕を伸ばした。指先で、ちょっとずつ栓を回していく。
もうちょっと―――あと1ミリ動かせば、水が出る。力を振り絞って、思いっきり腕を伸ばした。
きゅっ、しゃわわ〜……
やっと水が出た。けれど、私じゃない。
蛇口の上に乗った、見知らぬ白い手。その先を辿っていくと、知らないお姉さんがそこにいた。

「さ、おててを洗ってください」

そう、にっこり笑って促され、慌てて手を洗った。私が洗い終えたのを見計らって、お姉さんは造作もなく蛇口を閉める。
誰だろう。他に人がいるなんて、全然気がつかなかった。

「ありがとうございます」
「どういたしまして」

彼女は綺麗な水色のドレスを着ていた。ドレスを着た人は他にも見たことがある。ちょっと格上の、世話係、みたいな人が落ち着いた色形のドレスを着ていた。けれど、この人の着ている服は少し毛色が違うように見える。
お辞儀から顔を見上げると、翠色の瞳が私を見つめていた。二十歳、より少し若いくらいだろうか。可愛い桃色の髪を後ろでまとめている。上品な身だしなみからして高官さんだろうか。

「ハンカチ、持ってます? よかったら私の貸しましょうか?」

手を濡れたままにしていたことに気付き、マントの裏ポケットからハンカチを取り出した。毎朝、フレンが持たせてくれるのだ。『ミュウ』という巷の幼女に人気(らしい)キャラクターが描かれているそれは、フレンがどこからともなく仕入れてきたものだった。

「あの、私エステリーゼっていいます」

突然、桃色髪のお姉さんが自己紹介を始めた。ハンカチで手を拭いている私を、キラキラとした目で見ている。

「貴方のお名前はなんていうんです?」

一瞬、名のるべきかどうか迷った。誰の紹介でもなく、ただトイレでばったり会っただけの人に名のるのは無用心な気がする。
けれど、彼女は私を助けてくれた人だ。名のらないのは失礼にあたる。それに、お城の中にいるのだから変な人では無いのだろう。

「……フィナ」
「フィナ? フィナちゃんっていうんです?」

名前だけですごい食いつきようだ。声も弾んで、完全に面白いものを見つけた女子の反応だった。
ご機嫌な彼女にどう対応すべきか迷っていると、エステリーゼは「あっ、私、怪しいものじゃありません」と怪しい言い訳をした。

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