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「それじゃあ、僕はそろそろ行くね。大人しくお留守番をしているんだよ」
ぽん、とフレンの手が私の頭に乗っかる。名残惜しく思いながら彼を見上げると、よしよし、と頭を撫でられた。
今日のフレン小隊は、お城の警備をしているらしい。ほとんどは城内を巡回するだけの仕事だそうで、「フィナにはつまらないだろうから」と私はお留守番を命じられた。(おそらく、真の理由は私が勝手に部屋を出たとしても、巡回中のフレン小隊が発見・捕獲できるからだと思われる)
フレンはこの部屋の前を通りかかるたび、私の様子を覗いてくれている。それが嬉しいような、寂しいような、なんともいえない気持ちなのだ。
「あ、そうだ」
部屋を出る直前、彼は振り向いて私のノートを取り上げた。そしてペンを握り、表紙の右下にサラサラと文字を書いた。
「なあに?」と問いかけると、彼はその文字を見せて言った。
「フィナの名前。こうやっておけば、フィナのノートだってすぐに分かるだろう?」
私の名前。
ノートを受け取り、じーっとその文字列を見つめた。
これが、この世界で私を意味する文字。
読めないのだから当然だが、全くそんな気がしない。不思議な感じだ。
「じゃあ、お勉強がんばってね」
「あっ、待って!」
飾りベルトを引っ張って追い縋ると、彼は心なしか嬉しそうに「また様子を見に来るから」と私をいさめた。
また来てくれるのは嬉しいが、私が引きとめたのはそういうつもりじゃなかった。
再びノートをフレンに差し出し、言った。
「フレンの名前も欲しい」
やはり印刷物のような文字を眺め、頭を捻った。
5文字だ。ふ、れ、ん、は音で分けると3つに感じる。でも5つ。一体全体どういう仕組みなのだろう。
ネイティブに尋ねてみたくても、フレンはすでに巡回へ戻ってしまった。
途方にくれて机に突っ伏した。といっても、フレンの机は私には大きいので、顎を引っ掛けるだけだ。目の前の壁に飾られた、フレンの似顔絵が目に入る。テッドが描いたものだと以前彼が言っていた。とげとげした頭と、髪と目の色くらいしか似ていない。でも、どうしようもなくフレンに見える。
「ふれん……」
ぽそりと彼の名前を呼んでみた。応える人はおらず、声は静かな部屋の空気に溶けた。
寂しさに拍車がかかっただけだった。すごく惨めだ。