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魔物の気配のない、静かな夜だった。この街には、人の気配もない。
当然だ。この街は帝国に放棄されて久しい。住人は全て他所へ移り住んだ。
町の中央にそびえる結界魔導器は、光を失ってはいるが街のシンボルとしての威厳を失ってはいなかった。
その麓に、ささやかな墓がある。命がけでこの街の人々を守った、英雄の墓だ。
フレン・シーフォは、かつて友人のユーリ・ローウェルと共にこの街の騎士団に所属していた。
そのときの出来事は彼の記憶に、鮮明に刻まれている。
ここでの経験は確実に彼の糧となり、今に到るまで己の精神の一部を担っていた。

この街に訪れたのは久々だった。騎士団の任務でこの街を調査するよう命じられ、帝都から三日をかけてこの懐かしの地へやってきた。
調査は昼のうちに終わり、明日、日が出るのを待って此処を発つ予定だ。
その前に、かつての上司の墓へ参ろうと思ったのだ。
フレンは一人隊を離れ、結界魔導器へと続く大きな白い道を登っていた。

何年も顔を見せなかった自分に、きっと怒っていることだろう。手土産は近場で摘んだ粗末な花束と少しの酒。お詫びにすらならないが、墓の主は笑って許してしまうに違いない。そんな、快活な人だった。

墓は幾分風化していて、周囲の雑草は生え放題だった。剣である程度片付け、墓前に花と酒を供える。

「お久しぶりです。隊長。」

[Nylen Fedrock]
墓標にはそう書かれている。
フェドロック隊。自分が騎士団に入って、初めて配属された部隊。フレンは遠い記憶に思いを馳せ、懐かしく目を細めた。

その時、歴史が動いた。いや、風が吹いた。
さっき刈った草が微かに舞う。腕で顔を庇う、と。
視界の端に、何か動くものが見えた。
魔物か?
フレンはとっさに身構えた。昼の調査では、街に魔物はいなかった。夜になって、空を飛ぶ種のものが帰ってきたのかもしれない。
だとしたら問題だ。すぐに調べて仲間に知らせなければならない。
彼は油断無く剣に手を沿え、ゆっくりと対象に近付いていった。
長い雑草を掻き分け、目標を捉える――――

フレンは目を見張った。
草に囲まれて横たわっていたのは、小さな子供だった。
一気に頭がパニック寸前になる。どうして、なんで、こんなところに、人間の子供が。
少しの間固まっていたが、彼は我に返るとすぐに籠手を外し、その子の呼吸と脈を確認した。
息はある。心臓も動いている。
ホッと息を吐き、怪我の有無を確認しながら抱き上げた。見たところ血は出ていない。怪我の心配は無さそうだ。
背丈は100cm程。年は五歳位だろうか。生まれたての赤子のように白いぶかぶかのシャツを一枚だけ身に着けている。下は付いていないから、女の子だ。
親友と同じ黒髪。触覚も無いのでクリティアではない。
どうしてこんなところに。最初に浮かんだ疑問が、再び頭をもたげる。
彼は少女をしっかりと抱えなおし、来た時と同じ、白い大きな坂道を下っていった。

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