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衝撃を覚悟して目を瞑る。けれど風が頬を撫でるばかりで、土の冷たい感触すらやってこない。不審に思って薄目を開けると、視界が白い。白。なんで?
空だった。
遥か下に、霞がかった地面が見える。緑と青。陸地と海。そのくらいの区別しか付かない。高い!
頭に浮かんだのは星新一だった。突然地面に底なしの大穴が開いて、それは結局上空に、空へと繋がっていたというお話。私は、自分の住む町の上空に落っこちたのかもしれない。
「ひゃあっ!」
突然、下から突風が吹いた。上半身が吹き飛ばされて、地面に足を向けた格好になる。
「……!」
私のすぐ横に、何かとてもおかしな動物がいた。
鳥のようで、魚のようで、竜のよう。体を覆っているものは鱗のようで、毛皮のようでもある。私の身長を遥かに超す大きさで、ゆったりと宙を泳いでいる。
彼は私を正面に見据えると、鯨のような声で鳴いた。その響きは優しくて、大きな声なのにちっとも恐怖を感じなかった。
もしかしたら、助けてくれるかもしれない。都合の良い考えが頭をよぎり、おかしな動物に向かって手を伸ばした。
『異界の子よ。』
驚きで、伸ばした手を引っ込める。
今の声、誰? まさか、この動物が喋った?
まじまじと彼を見つめると、また同じ声が響いた。
『私は争いの無い、安定した世界を望んだ。我が友は私の考えに賛同し、共に新たな世界の出発点に立った。しかし、私は友を残して現世を離れた。彼は私の遺言に従い、世界を安定させるために動いている。』
何の話をしているのか、全然理解できなかった。けれど、一つだけ分かった。
このおかしな動物は、自分は既に死んだと言っている。じゃあ、ここは天国なのか?
私は運悪く校門の前にあった落とし穴に落っこちて、不幸なことに打ち所が悪く、即死。苦痛を感じることなく天国に召された……とか。
『異界の子よ。そなたはどんな世界を望む。』
こちらの戸惑いなど気にせず、彼は言葉を続ける。
望めばその世界に連れて行ってくれるのだろうか。もしや、この動物は神様?
気付けば体を撫でていた風は止まっていて、私は空に立っていた。
『争いの無い、安定した理想の世界に生きる少女よ。そなたなら、私の故郷に一陣の風を吹かせることができるやもしれぬ。』
二つのつぶらな瞳が私を映す。私は校門から出たときのまま、制服姿だ。
『デュークを、頼む。』
彼がその言葉を発した直後、足場が抜けた。
「ひゃああっ!!」
さっきとは比べ物にならないスピードで急落下する。空気が叩きつけられて服がバタバタと音を立てる。
もうダメだ。神様にも見捨てられた。こうなったら、飛行石の力で衝突ギリギリに空中浮遊するしかない。問題は、私はそんなもの持ってないってことだ。バカラ社製の飛行石は、私のお小遣いじゃ手が出なかった。
私は有名映画のヒロインよろしく迫り来る現実に絶望し、早々に意識を手放した。