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「フィナ」

苛立ち混じりの声が、急かす様に名前を呼んだ。
けれど、頷きたくなかった。まだ胸に何かが引っ掛かっている。
まだ、納得できない。今日は納得できないことばかりだ。
黙秘権を行使する被疑者のように、無言で抵抗した。どうしても頷きたくないのだ。
すると彼は痺れを切らし、声を荒げてこう言った。

「僕は君が傷つくなんて耐えられないんだ!僕自身が怪我をするより、ずっとずっと辛いんだよ!」

怒りに任せて怒鳴られたのかと思った。
最初は声の大きさに、次に内容を理解して驚いた。
―――これは、私が彼に対して思っている事と一緒じゃないか。
フレンは苦しそうな表情をしていた。理解してもらえないのが辛いのだろうか。
私は今、フレンを辛い目にあわせている。
そう思ったら自然に口が動いた。

「ごめんなさい」

なんとかしなくては。私が彼を辛いことから救わなければ。彼が私にしてくれたように。
頭の中が、そんな考えでいっぱいになった。あれだけ納得できなかった彼の言い分に対する抵抗は隅っこに追いやられ、どうでもよくなっていた。
何かするべきことは無いか思いを巡らせ、出てきた答えは単純だった。
彼にしてもらったことを返せばいいのだ。彼は私が辛い時、いつも慰めてくれていたのだから。
短い腕を目いっぱい広げ、私の二倍は優にあろう大きな体躯をぎゅっと抱きしめた。
私の腕は彼の胸囲に全然足りない。私がしてもらっていた、包み込むような抱擁をすることができていない。けれど、これが精一杯だった。

「フィナ……」

聞こえた声からは、辛さや怒りが抜け落ちていた。どうやら効果があったようだ。
よかった。

「フレ」
「感動ですぞおおおフレン殿!!!」

耳をつんざくオッサンの声が、私の台詞を遮り超近距離で爆発した。
仰天して即座に声のした方を向くと、小隊長ルブランがすぐそこに立っていた。
彼は肩を震わせ目からは滝、鼻からは小川を流して、たびたび腕を使ってそれを拭っていた。

「互いの身を案じ、ぶつかり合い、最後には見事和解する!これぞ愛の成せる業ですぞおおおお!!」

暑苦しいオッサンだ。というか、一部始終を見られていたのか。
あっ気に取られて彼の挙動を見つめていると、もうお馴染みとなった温もりと香りに包まれた。

「分かってくれたならいいんだ。僕の方こそ、厳しいことを言ってごめんね」

フレンには、人に見られて恥ずかしいという感性が無いのだろうか。
抱き合う私たちを見て、ルブランは「おまえたち、しっかり見ろ! これが愛というものだ!」と何故か部下を呼び寄せていた。

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