□3

[ 42/156 ]

「そう……」

フレンは今の今まで、物語を聞いているような心持ちだった。信じる信じない以前に、それが事実であると感じられなかったのだ。
それらが奇妙な文字を切欠に、一気に現実味を帯びてフレンを襲った。
こことは違う、普段は触れることの出来ない場所に、見たことも聞いたことも無い世界がある。
そこでは海に此処とは違う形の陸地が浮かび、知らない文字を操る人々が生活しているのだ。
そして、その人々の一人が、今目の前にいる。壮大な話だ。彼女は平民でも貴族でも、ギルドの人間でもなかった。異世界の、人間。

フィナはフレンの様子をじっと見つめ、言葉を待っていた。自分は、受け入れてもらえたのか。フレンに、拒絶されやしないか。
恐怖はあった。だが、その恐怖を押さえつけるだけの信頼を、彼女はフレンに対して抱いていた。

少しの沈黙の後、彼から出てきたのは言葉ではなかった。
抱擁。突然掻き抱かれたフィナは驚きで身を硬くしたが、彼の行動が拒絶を意味するものではないと知って力を抜いた。
フレンはただ、フィナの心情を考えたら堪らなくなったのだ。知らない世界に独りぼっちで、人見知りな性格がたたって本当のことも話せず、ずっと独りで抱え込んでいた。きっと、恐ろしく不安だったろう。そんな彼女にいじらしさを感じる。同時に、彼の中に初めて彼女と会ったときと同じ感覚が湧き起こった。
自分が、この子を守らなくては。この世界で独りぼっちの彼女を、独りきりにさせてなるものか。

「話してくれて有り難う。とても不安だったろうね……」
「フレン……」
「その世界へ帰る方法は分からないけれど、この世界にいる間は僕が傍にいる。僕が君の力になるよ」

フィナは目の前が晴れた気がした。嬉しさが胸にこみ上げていっぱいになる。もう、目から零れ落ちてしまいそうだった。
やっぱり彼は信じてくれた。そして、私が言う前に力になると言ってくれた。
泣くのはみっともないと考えたフィナは、強く目を瞑ってフレンの肩口に顔を埋めた。
彼の香りを胸に吸い込むと、気持ちが落ち着いてくる。眠る時や、危険から助けてもらった時、いつもこの香りがする。それと同時に、心臓がきゅうっと収縮するような、そんな感覚が訪れるのだ。

「フレン」

フィナは何かを伝えようと彼の名前を繰り返した。けれど胸に溢れる気持ちはなかなか言葉に変換されず、結局小さな声で彼の名を呼ぶだけにとどまった。
フレンにとってはそれで十分だった。フィナはフレンが差し伸べた手を、しっかり掴んでくれたのだ。ひ弱い腕に抱き返されて、彼はそう感じていた。
自分は、この世界での彼女の拠り所になることができた。
フレンはそれを嬉しく思いながら、少女の温もりを肌に感じ、目を閉じた。

[#次ページ] [*前ページ]

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -