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それはおかしい。川から上がろうとしたら、ラピードは岸で待ち伏せしていたのだ。しかも、逃げようと泳ぐ私を追って、川沿いをスタスタと歩いていた。
「そんなことないって思ってる?」
心を読まれて頷くと、彼は「それはね」と全てを見通した仏様のように微笑み、私に向かって手を伸ばした。
「ラピードは君のことが心配だったんだよ」
彼のあたたかい手が、私の頬を撫でた。
「フィナのことが心配で、放って置けなかったんだ」
「そう……なの?」
フレンに問うたのか、ラピードに言ったのか。自分でもよく分からないまま呟いた。
そんなこと考えもしなかった。驚きでぼんやりしながらラピードの方を見た。
「ワフゥ」
ラピードは鳴き声とため息の中間のような音を出してそっぽを向いた。
「怖がらせて悪かったな、だと」
ユーリが起き上がって通訳する。あの一声にこれだけの意味が詰め込まれてるとは思えないので、多分雰囲気で言いたいことを感じ取っているんだろう。
「言わなきゃいけないこと、分かるよね?」
フレンがじっと私の目を見つめた。こんな風に諭されるのは久しぶりだ。友達とけんかした時、先生がこんな風に仲裁してくれた覚えがある。
分かる。ここで言わなきゃいけないのは謝罪の言葉だ。
きっと私はラピードに嫌な思いをさせてしまった。ラピードに悪気は無かったのに、私が勘違いして怖がったから。
追試テストを受けているような気分だ。一度解いたことのある問題を、もう一度解いているような。
「ラピード、ごめんね」
正面に立ってそう言うと、彼はそっぽに向けていた顔を私に向けた。良く見ると、結構可愛い顔をしている。
「だってさ、ラピード」
ユーリがラピードにお伺いを立てると、しっぽが元気良くパタパタと跳ねた。許してくれるみたいだ。
「ワンッ」
「わ!」
ラピードが急に立ち上がった。私の周囲をくるりと回り、また一声、「ワン」と鳴いた。なんだかよくわからないが、この子なりに好意を示してる、と受け取っていいのだろうか。
おろおろしている私見て、フレンはガルガモの行列を目撃した人のようにほのぼのとした笑顔を浮かべた。
「ラピードは子供が好きなんだ。フィナと仲直りできて嬉しいんだよ」
「知らない子供にゃ絡んだりしないヤツなんだが、テッドと一緒にいるのを見て身内だと思ったんだろうな。初対面の人間にいきなりじゃれつかないよう言っとくから、許してやってくれよな」
ユーリの手がぽん、と私の頭に乗った。