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「フィナ、スゲー!!」
テッドはテッドで、流れに逆らって泳ぐ私を見て感動している。幸せなヤツだ。
平泳ぎとバタ足をミックスさせたデタラメな泳ぎのおかげで、息はなんとかなっている。けれど、体力が尽きるのも時間の問題だ。
「フィナ!!」
顔を青くしたフレンがこちらに走ってきた。落ちたのに気づいて駆けつけてくれたようだ。
彼が来てくれれば大丈夫。ホッとして彼の方へ泳ぎを進める。
「フレン!」
「クゥーン」
けれど、犬は私について岸を平行に移動した。
「フレン見て!こいつ人魚だったんだよ!」
どこまでもおめでたいテッドの発言に頭痛を覚えた。そんな報告をするくらいなら、なんとかして犬を追い払って欲しい。
このまま犬が自発的に去るのを待っていたら、風邪を引いてしまう。フレンの姿を見て気を緩めたら、水の冷たさを感じるようになってしまった。
「う〜っ」
唸って威嚇を試みる。が、「キューン」と幾分さっきよりも気弱な声が返ってくるだけだった。
「フィナ。僕が引き上げるから、こっちにおいで」
フレンが犬のすぐ隣に屈み、私に向かって手を伸べた。
「でも、犬が……」
「ラピードが怖いのかい?」
フレンが犬に向かって「ラピード」と一声かけた。すると、犬は私から離れ、フレンの一歩後ろでお座りをした。
引き上げられると、水揚げされたワカメのように盛大に水が滴った。髪も服もびちょびちょだ。服にしみ込んだ水が、未だに体温を奪い続けていて寒い。
川から離れた所に移動するなり、フレンは私を抱きしめた。無事を確かめるように、しっかりと。
「無事でよかった……」
濡れた服から伝わる彼の体温は温い。けれど、体は火がついたように一気に温まった。
何故だろう。恥ずかしいからだろうか。添い寝してもらったり一緒にお風呂に入ったり、これよりも恥ずかしいことを既に経験しているのに。
突然、背中を生暖かいものでするりと撫でられた。見ると、さっきの青い犬がいた。
「うひゃあ!」
「大丈夫」
フレンにしがみつくと、彼は笑って私をなだめた。
「ラピードは人を襲ったりしないよ。僕とユーリの友達なんだ」
外見を見るとにわかには信じられないが、彼が言うのならそうなのだろう。
「あ!」
フレンから離れて気づいた。びしょ濡れの私を抱きしめた所為で、彼の服まで濡れてしまっていた。
「ごめんなさい……フレンの服も濡れちゃった……」
「ああ」
彼は今気づいたというふうに自分の服を見下ろした。
「うっかりしてたな。それよりフィナ。すっかり冷たくなってるじゃないか。そのままじゃ風邪をひいてしまう」
「俺の部屋を貸してやるよ。着替え、あるんだろ?」
いつの間にかユーリも来ていた。片手には紙袋、横ではデッドが「人魚人魚」と騒いでいる。
「人魚ねえ……まあ、確かに帝都で泳げるヤツってのは珍しいけど」
ユーリの目が私に向いた。心なしか、目つきがさっきよりも厳しい。
気になって見つめ返したが、フレンによって視界は遮られた。
「フィナは、海沿いの街出身なのかもしれないね」
「……うん」
フレンが何でもないことのようにそう言ったのを聞いて、広がりそうになった不安は小火で止まった。