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「お前なら相手は選り取り見取りだろうに」
「そんなこと無いよ。それに、相手がどうこうって話じゃないんだ」
「っていうと?」
「僕たちの目標は、腐敗した帝国を是正することだろう? アレクセイ閣下の尽力で、騎士団では平民の登用がされるようになった。だが、今だ貴族優位の社会であることに変わりは無い」
「……」

フレンが「僕たち」という言葉を使ったことを複雑に思いながら、ユーリは黙って耳を傾けた。

「アレクセイ閣下の力をもってしてもこの現状なんだ。僕が理想を実現するためには、女性とお付き合いしたり……それこそ結婚なんて、している暇は無いと思う」
「なるほどな」
「ところでユーリ」
「ん?」
「税の徴収に来た騎士を、川に突き落としたって本当かい?」

急に自分の話題を振られて、ユーリはビクリと体を振るわせた。完全な不意打ちだった。
気付けばフレンはユーリを睨んでいる。声をかけられたとき、微かに含まれていた怒気はこれの所為だったのだ。

「耳がはえーな」
「君は……! 犯罪だぞ!」
「だってなあ、あいつら人の話も聞かねーで……」

バシャン。
ガラスが割れたような音がして、ユーリは言葉を止めた。
どこかの店で花瓶でも倒したのかと首を回すと、ガタンと近くで椅子が倒れる音が続いた。
次に目に映ったのは、一心不乱に駆ける親友の背中だった。


***


犬は嫌いじゃない。むしろ結構好きなほうだった、はず。

「フィナ!!」

テッドが悲痛な叫び声をあげているのが聞こえる。水を通している所為で、くぐもった低音の、変な声だ。
沈みながら、テッドを水中から睨んだ。だから怖いって言ったのに!
落ちたときの勢いが死んで、今度は浮力が働くようになった。鼻がツンとしたので、慌てて上に向けていた顔を下げた。
少し鼻に水が入ってしまった。けれど、これくらいなら平気だ。
壁面を蹴って、一気に水面を目指した。水を吸った服が重くて思うように浮かばない。
平泳ぎのように水をかき、足はバタ足で推進力を得、なんとか水面から顔を出した。

「フィナ!! よかったあ!」

体が重くて、浮いているのも結構疲れる。水着の偉大さを思い知りながら、岸に手を掛けた。

「ワフゥッ!」
「ひきゃ!」

近くにさっきの犬が来て、思わず岸から手を離した。
私の背丈に追いつくくらいの青い大型犬。片目には大きな傷跡を付け、口にはキセル、首にはちぎれた鎖を巻いた、明らかに家から脱走してきた猛犬だ。
繋いでいた鎖をちぎる程の剛力。それだけでもう恐ろしい。その上、何が気に入らなかったのか私に向かって突進してきたのだ、こいつは。
怖くてテッドの後ろに隠れたら、「大丈夫だよ! こいつ噛まないから!」とあろうことか私を犬の眼前に突き出した。
じりじりと間合いを詰めてくる犬に、こちらもじりじりと後ずさりをしていたら、背後にあった川に気付かず、落っこちてしまった。
もうどこかに行ったと思ったのに。犬はまだ岸辺でこちらをじっと見ている。これでは、上がるに上がれない。

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