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「よかった……!」
嬉しそうな声。不意に笑顔を向けられて、驚いて心臓が大きく脈打った。呆気にとられている間に、脇に手が差し込まれて、足が地面から離れる。
「騎士団長のお許しが出たよ」
輝くような笑顔が私に向けられる。少年のようにあどけない。彼のこんな顔、初めて見る。思わず、ぼうっと見とれてしまった。
「アレクセイ騎士団長閣下がね、僕に君のお世話を任せるっておっしゃったんだ」
私の反応が無いのは、事態が飲み込めていないからだと思ったらしい。平易な言葉で説明してくれた。
「これで、君と一緒にいられるよ」
ここで、ようやく思い当たった。
何の心配もなく彼と一緒にいられるものと思い込んでいたが、彼はいわば警察官。迷子を見つけて保護するのは仕事でも、面倒を見るのは違う。
先程のアレクセイの采配一つで、私たちは簡単に引き裂かれていたのだ。
事態を把握すると同時に、底知れない恐怖が襲ってきた。
「フィナ?」
異変を感じ取り、フレンは『たかいたかい』するのを止めて目の高さまで私を下ろした。
すぐさまその首にすがりつく。私がこの世界で希望を失わないのは、彼がいるからだ。
何も分からなくても、怖い目にあっても、先が予測できなくても、彼がいれば大丈夫だと思えるのだ。
今更離れるなんて嫌だ。得体の知れない人間に預けられるなんて嫌だ。そんな恐ろしいことがすぐ傍まで来ていたなんて、考えるだけでも嫌だ。怖い。
「どうしたの?」
幼子をあやすための優しい声。背中に彼の手が触れて、気持ちが落ち着いてくる。
「フレンといられなくなると思ったら、怖くなったの」
「ふふ。大丈夫だよ」
落さないよう私を抱えなおし、抱っこしたまま歩き始めた。人とすれ違う。どうやら別の人がアレクセイの謁見に来たみたいだ。
「僕が君を守るから。どんなことがあっても」
彼の穏やかな声が耳をくすぐる。胸がきゅっと締め付けられて、顔がぽうっと熱くなった。まるで告白されたみたいだ。
もちろん、彼にそんなつもりは全くないことは分かっている。子供の私を安心させるために言っているのだ。
でも、けれども。あの時、鳥の魔物から必死に私を守ろうとしてくれた彼なら、本当にその言葉を守ってくれるかもしれない。
「本当?」
気休め程度にしかならないと思いながら、聞き返していた。
「ああ」
即答だ。彼はいつも欲しい言葉をくれる。
彼には貰ってばかりだ。私はこの世界の事を知らない、手間のかかる人間なのに。彼は私に構ってくれる。
子供だから、といえばそうかもしれない。でも、『どんなことがあっても守る』なんて、よっぽどのことがないと言わないだろう。
何か打算があるのかもしれない。実は下心があって、私に利用価値を見出しているのかも。
逆に、全く何の考えもなくて、大きい口を利いただけの可能性もある。
ああ、何を考えているのだろう私は。本当はそんなこと、どうでもいいのに。
心の中で首を振って、今までの思考を吹き飛ばした。
どんな理由があったとしても、彼は私を助けてくれて、守ってくれるのだ。それが、とても嬉しい。とても、幸運だと思う。
さっきのは、嬉しさがオーバーフローしそうになって、頭が勝手にマイナスのことを考えてバランスをとろうとしたんだ。きっとそうだ。
色々考えを巡らせてみたものの、フレンが利用したくなるような私自身の価値は思い浮かばなかった。
彼に今あげられるもので、価値のありそうなものは一つしかない。
これくらいならあげてもいいと思う。いや、むしろあげなきゃいけない。
口の中でモゴモゴと練習してから、本番に挑んだ。
「フレン、あの………ありがとう」