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辿り着いたのはホールのような広い部屋だった。一番奥に校長先生が使うような上等の机があり、銀髪で壮齢の男性が座ってペンを握っている。きっと、偉い人なのだろう。ぴんと張った空気に、体が緊張して強張った。
「フィナ、この部屋では静かにね」
フレンがしー、と人さし指を口の前で立てる仕草をする。頷いて彼の手を強く握った。握っていないと、なんだかとても心細かったのだ。
部屋の半分ほどまで進み、フレンはその場に跪いた。私も倣ったほうがよいかと思い、真似をしようと方膝を付いた。
けれど幼児の短い足では、思いの外その体勢はきつかった。バランスが保てず、倒れそうになる。
「無理しなくていい」
フレンの囁きを聞いて、私はその場で正座をすることにした。汚いかもしれないが、立っているより失礼に当たらないだろう。
彼は私を見てふっと微笑むと、顔を上げて正面の男性を見上げた。
「フレン小隊、廃都シゾンタニアの調査より帰還致しました」
銀髪揺らして男性がこちらを見た。私をちらりと見て眉を顰める。
「ご苦労だった。特段気になった点がなければ、報告書で構わん」
「はっ。あの、アレクセイ閣下。」
フレンはシゾンタニアで私を発見したことを説明した。
街に私以外の人は無く、身元不明の少女であると。
「あの街に人……か」
銀髪の男性―――アレクセイは、私に興味を持ったようだった。
先程とは打って変わって、やわらかい表情でこちらを見やる。
「可愛らしいお嬢さんではないか。名前は何というのかな?」
「○×△□です」
「ほう?」
凛々しい顔つきを崩して、眉をはね上げる。フレンやソディアと同様の反応だ。
そんなに妙な響きなのか、それとも変な意味でもあるのか。後者だったらすごく嫌だ。
「名前以外は思い出せないようで……それも、名前といってよいのか……」
フレンの意見を聞き、彼は手を組んで考えこんだ。
考え込むほどの重要性が、私にあるとは思えない。この世界の人からすれば、素性が分からないだけの子供だろうに。
それほど、私のいた街には曰くがあるのだろうか。人が住んでいないのに、わざわざ小隊を派遣して調査するくらいだ。何かがあるのは間違いない。
アレクセイの手が解かれた。
「彼女はしばらくの間、騎士団で保護する。フレン小隊長、処遇は君に任せよう。下がってよい」
それだけ言うと、彼は再びペンを握り書類に向かった。
部屋を出ると、フレンが大きく息を吐いた。彼も緊張していたらしい。
「フレン」
少しでも安心させようと、繋いだ手にもう片方の手を添えた。あの部屋にいる間、彼と繋いだ手が私の心の平安を保っていたのだ。今度は私が。