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「不思議そうな顔してるね」

あたりだ。フレンの瞳の、透き通ったエメラルドグリーンが不思議で、どうしてこんなに綺麗なのだろうとずっと観察していたのだ。

「だって、青いの」

私の返答に、彼は「そうだね。フィナは茶色だから、不思議だね」と、その青い宝玉を瞼で半分隠して微笑んだ。
うん、と頷いて再び彼の目の観察に戻る。南国の海のような輝く碧色。中心の瞳孔に向かって白い繊維のような、細かい線の模様が伸びている。この線は何だろう?私の目にもあっただろうか。綺麗だな、と覗きこんだ人の心に絡んで、釘付けにしてしまう仕掛けかもしれない。そうして最後には、心が瞳に吸い込まれてしまうのだ。そんな妖怪が出てくる話がエステリーゼの絵本にあった。
首を傾げて角度を変えてみる。と、彼も眼球を動かして私を追う。これじゃあ側面が見れない。
反対側に首を傾げてみる。彼がぱちりと瞬きして、瞼が開いた時にはもう私の方を向いていた。

「ごめん、見ちゃ駄目だったかな?」

フレンはクスクス笑いながら、私の眉間を揃えた指先で撫でた。気づかないうちに不満が顔に出ていたらしい。

おんなじ人間の目なのに、色が違うだけでこんなに違う。
不思議。とっても綺麗で、とっても不思議。

すっかり魅せられてしまった私は、もっとよく見ようと目を凝らし――――瞳に映り込んだ自分の顔に気づいてしまった。球面に映ったせいで歪み、ただでさえマヌケな顔が余計ヘンに見える。
碧い宝玉に捕らえられていた心が、一気に現実に戻ってきた。
彼の宝石のような瞳と比べて、私の姿の、瞳のなんと平凡なことだろう。いくら彼の瞳が綺麗でも、よく見て観察して全てをつまびらかにしても、私は彼と同じになれない。暗くてつまらない茶色。私の目も、彼のような明るい魅力的な色だったら良かったのに。

「もう飽きちゃったのかい?」

俯いた私の頭を、大きな手が撫でた。

「私も」

「うん?」

「私もフレンと同じが良かった」

「そうかい?」

「うん。そう」

「どうして?」

「綺麗だから」

「フィナの目もキラキラして綺麗だよ」

「でも普通だよ」

「普通……ああ、フィナの住んでいた所では、髪も目も同じ色の人が多いんだっけ」

彼の言葉で、この世界では濃褐色の髪と目が普通ではない事を思い出した。かと言って特異なわけでもなく、カラーバリエーションに富んでいて“普通”と言えるような多数派が存在しないのだ。

「フィナは珍しい色の方が良かったのかな?」

珍しい色。それは違う気がした。私が憧れたのはフレンの綺麗な碧眼だ。いま目の前に女神様が現れて、「好きな色の目にしてあげましょう」って言ったら、私は「フレンと同じ目の色にして」ってお願いする。それは珍しい色だからじゃない。

「ううん。フレンの色がいい。海みたい」

彼がくすぐったそうに笑った。

「そっか。ありがとう。僕も青い目のフィナを見てみたいな。でも、今のフィナの目が大好きだよ。なんでかわかるかい?」

少し黙って考えてみる。フレンは地味な服装が好みなので、その線かと思い「地味だから?」と答えた。彼は「そんな言葉、使ってたかな……」と私の語彙の心配をし始めた。あまり使って欲しくない単語だったらしい。

「フレンは使ってなかったよ」

「そうか。どちらかと言うとマイナスの言葉だからね。今度からは“地味”じゃなくて“慎ましやか”って言おう」

非常に面倒くさかったので、適当に相槌を打った。
彼は「確かに茶色は派手じゃないけど……」と遠回しに私の地味発言に同意しつつ、逸れた話を元に戻した。

「フィナの目はいつもキラキラ輝いていて、綺麗なんだ。まるで好きなものを見ているようにね。だから、見ていると嬉しくなってくる。さっき君が僕の目を見ていた時も、ずっとお星様みたいにキラキラしていたんだよ」

「ほ、ほんとう?」

「うん。今も」

彼は両手を伸べて、私の顔にかかった髪を梳いて耳へかけた。視界が開けて明るくなる。

「輝いて宝石みたいだ」

そう言って微笑む彼の瞳も、一番星のようにきらめいていた。

――――ああそうか。

私はあることに気付いて、そしてその事実に赤面した。
そして、もう一つあった事実には気づかなかった。

一つは、彼を好きな気持ちが瞳に表れてしまっていたこと。
もう一つは、彼も同じだったこと。



end.

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