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良く分からなくて首を傾げた。私の歯を磨く・磨かないの問答が、何でフレンの歯に行き着くんだろう。
彼は自分の大人用歯ブラシを取り出し、ほら、と歯ブラシの柄を私に向けた。恐る恐るそれを手に取ると、彼はブラシを握った手を更に上から握り、そのまま口に含んだ。
「!!!!」
ビックリして固まる私を他所に、彼は「こうやって〜」と解説しながら私の手ごとブラシを動かす。なんだか、もの凄く変な感じだった。
少しの間、彼にされるままにしていた。歯を一周すると磨くのを止め、彼は「い」の口でニイッと笑った。
「ほら、フィナのお陰で綺麗になったよ」
「……うん」
フレンの笑顔と歯がキラキラ輝いている。なんだか一仕事終えた後のような、すがすがしい気分になった。子供だましだとは分かっているけれど、フレンの役に立てたような気がして嬉しい。
彼は私の頬を撫で、「次は僕の番だね。ほら、あーん」と子供用歯ブラシを構えて言った。
「う……や!」
ん、と言いかけて慌てて方向転換した。フレンの狙いはコレだったのだ。仕事を終えて気が緩んだ瞬間を狙うなんて、抜け目ない。
「フィナ……」
ついにフレンが怒った。声が一段低くなり、目も睨むように鋭い。けれど、それは怒ったフリだと私には分かっている。なので、余裕でそっぽを向いて見せた。
「フィナ。ちゃんと磨くんだ」
「磨いたもん」
「それだけじゃ不十分なんだ。僕が磨き残しが無いようにしてあげるから」
「や」
「……そうやって、もし虫歯ができたらどうするんだい」
「できない」
「痛くて辛い思いをするのはフィナなんだよ。僕はフィナに辛い思いをして欲しくないんだ」
「平気なの!」
「虫歯が悪化するとね、最悪死んでしまうかもしれないんだよ!」
「………」
これは流石に私を脅かす為の嘘だろう。と思ったら、彼の碧い瞳はもの凄く真剣だった。
「……うそ?」
「嘘じゃない。だから……」
彼の手が、素早く私の両腕を掴んで封じた。
「ちゃんと磨くんだ!」
力ずくで床に寝かされ、抵抗できないよう足で腕を押さえつけられた。私がフレンを肩車しているような形だ。慌てて両腕をバタバタして抵抗したが、肩をガッチリと固定されているので全く効果が無い。
「すぐに綺麗にしてあげるからね」
逆さまのフレンが私の顔を覗き込む。さっきの怒りは何処へやら。すっかりいつもの笑顔に戻っている。
「やーーーあぐっ!」
容赦なく歯ブラシが突っ込まれた。噛み付いて抵抗すると、なんと彼はもう一本ブラシを取り出した。それを使って難なく歯磨きを進めていく。
「おくのは♪まえば♪」
歌まで歌って、すっかり勝者のつもりらしい。だが、その気になるのはまだ早い。私には、まだ切り札があるのだ。
そう―――丁度私の後頭部にある一物に頭突きをお見舞いすれば―――!!
そんなことできるわけ無かった。
私は一応乙女なのだし、本当の弱点を狙うのはルール違反というかタブーというか、ずるくて卑怯な事に思われたのだ。
結局、この歯磨きを巡る戦いはフレンの勝利で終わった。
【完】