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「やだ!」

私の言葉に、フレンは眉を八の字にして困った笑顔を浮かべた。

「フィナ。これはとっても大切な事なんだよ」

そう言うと、彼はさっきと同じ『いかに歯磨きが大切か』という長々とした説明をおっぱじめた。

「食べ物が歯に残っているとね、それを虫歯菌さんが食べて、歯を溶かす悪ーい物質を作っちゃうんだ。歯が溶けちゃうと、ご飯を食べるときに痛むようになるんだよ」

「もう知ってる!」

虫歯が痛いのなんて、既に経験済みだ。大体、私が嫌がっているのは歯磨きじゃない。

「分かってるなら、できるだろう?」

ほら、と彼は片手を広げて私を懐へ招き入れるポーズをした。もう片方の手には、子供用歯ブラシ。それを無視して彼とは反対の方向へ走ると、困った声で名前を呼ばれた。

「虫歯になると、ご飯がちゃんと噛めなくなるんだよ。そうすると、食べ物が消化されにくくなって、体調を崩しやすくなるんだ。フィナも、また風邪を引くのは嫌だろう?」

彼はまるで怯えた猫を相手にするように、ゆっくりと私に近付いた。ほーら怖くなーい
とアピールするためか、顔は不自然な笑顔だ。
虫歯が痛いのも、虫歯の治療が怖くて嫌なのも知っている。それを予防する為の歯磨きの大切さだって分かっている。今日も、ちゃんと自分で歯を磨いたのだ。この世界の歯ブラシは動物の毛と木でできていて、最初は毛の柔らかさと独特の匂いに抵抗があった。けれど今はもう慣れて、毎日つるつるに磨いている。褒められこそすれ、こんな風に迫られる謂れは無い。
私はフレンの手が届くギリギリの距離で方向を変え、窓際まで走った。

「自分で磨いたからいいの!」

「いいや、良くない!」

彼はまるで決意表明をするように、はっきりきっぱり力強く断言した。

「僕は今まで歯磨きを甘く見ていた。フィナは毎日自分で歯磨きをするいい子だったから、安心していたんだ」

彼の歯ブラシをもった右手がプルプルしている。どうやら胸中で何かの感情が荒ぶっているようだ。

「僕は勉強不足だった。小さな子の歯磨きは、親が手伝ってあげなくちゃいけないものだったんだ……!」

そんないらん知識、何処で仕入れたんだろう。

「僕は君の親としての責任を全うしてみせる! フィナ、君の可愛い歯は僕が守ってあげるからね!」

「やだ!!」

フレンに歯を磨いてもらうなんて、絶対に嫌だ。彼の顔が至近距離にあって落ち着かないし、大口を開けた変な顔を見られるのだって嫌だ。

「そんな事言わないで。ほら、絵本にも書いてあるだろう? 仕上げはお父さんに磨いてもらいましょうって」

わざわざ買ってきたのだろうか。彼は私が見たことの無い絵本を開いて見せた。字は読めないが、お母さんに歯を磨いてもらう子供の絵が書いてある。

「お母さんだよ」

「お父さんでも問題ないよ。さあ、ハミガキ上手かな〜♪」

絵本の次は歌攻撃だ。しゃかしゃかしゅわしゅわと擬音を歌いながらフレンが距離を詰めてくる。それでも私が乗り気で無いのを見て取ると、彼は少し悩んで、こう言った。

「僕の歯で練習してみよう!」

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