□6
[ 138/156 ]
「この下民が!」
怖れていた、憤怒の罵声が降りかかる。キュモールの存在を忘れていた。心臓を掴まれたような感覚がして、足がその場に凍りついた。
「折角の恩情を無下にぃ―――」
風を切る音がして、咄嗟に頭を庇ってしゃがみこんだ。
バシン。平手を受けた音がする。殴られた。
が、一向に衝撃はやってこない。代わりに、温かさと、ホッとする香りが私を包んでいた。
「なっ……」
怒声が、動揺に変わった。
顔を上げると、予想していた通りの浅葱の鎧。
本当に――――本当に私を守ってくれた。
体が、心が震えた。つい先刻まで胸を掴んでいた感情は消え、嬉しさのような、興奮したような気持ちが胸にこみ上げる。
「フレン……」
私は、彼の胸に庇われていた。
そこからは、あっという間だった。
突然現れた―――私がそう感じただけで、実際は小隊が同行をお願いして最初からいたらしい―――ヨーデル殿下が、私の「貴族の子なんて嫌」発言を『養子となる意志が無い』と受け止め、評議会の認可を無効にしたのだ。
「貴族の養子縁組の成立に必要な条件は、評議会の許可と養子となる者の意志。本人に『養子になりたい』って意志が無ければ、この制度は成立しないんだ」
フレンは私を振り向き、晴れやかに笑った。
「法は、厳しいだけじゃないんだよ。ちゃんと、弱者を守る法だってある。これからはもっと、そういう法を増やさなきゃ」
「……でも、私、最初からなりたいなんて言ってない」
「キュモール伯が勝手にそういうことにしたんだろう。力のある貴族なら、あいまいな証拠だけで評議会を動かしてしまうから―――ヨーデル殿下を呼んだのはね、殿下に公証人になってもらうためだったんだ」
「こうしょうにん?」
「そう。公証人が見聞きした事は、重要な証拠として扱われる。殿下がフィナの言葉を裏付けてくれる。もう、君が何処かの家に攫われる心配は無いんだ」
フレンがしゃがんで、両手で私の頬に触れた。少しくすぐったくて、肩を上げてもぞもぞする。それでも彼の手は離れなかった。私の存在を確かめているのだろうか。真っ直ぐな彼の視線が注がれる。
「……ねえ、フィナ」
「うん?」
「君って、本当は―――」
「お待たせしました!」
向こうから、頬を上気させたソディアが駆けて来た。彼女の手には青地に白のラインが入った服。
「おまたせ、フィナ。さあ、これを」
彼女はその服を広げ、私の背にかぶせる一歩手前で浮かせた。その服の袖めがけて、えいと両腕を突き出す。自分で前のボタンを止めて、これで変身は完了だ。くるりとその場で回ってみせる。
「可愛いわ」
「似合っているよ」
フレンもソディアも、本当に嬉しそうだ。私も釣られて笑ってしまう。幸せな気持ちが、胸いっぱいに広がった。
好きな人がいて、私を好いてくれる人がいる。
ここにいられて、本当に良かった。
私達の上空、晴天に浮かぶ光の輪が、お祝いの飾りに見えた。