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上から女の子が落ちてきた。
ありえない。ここは城の男子部屋棟で、フレンの私室だった。もう眠るつもりだったので、既に施錠は済ませてある。
人が入り込めるわけが無い。それなのに、今まさにフレンの上に一人の人間が覆いかぶさり、その柔らかな体の感触が衣服越しに伝わってきていた。
暗殺者か!?と身を硬くしたものの、侵入者が動く気配は無い。不思議に思って上体を起し、様子を確認する。
歳は十代後半だろうか。両の目は閉じられており、長く柔らかな黒髪が頬にかかっている。ルルリエの花びらのような唇は蠱惑的で、フレンは思わず目を逸らした。長く見ていると、魔が差してしまいそうな気がしたのだ。
知らない女性だ。間違いない。けれども、何故かとても見覚えのある気がした。とても馴染み深い―――愛着というべきか、親しみというべきか―――そんな愛しさを感じる。見ず知らずの人間と対峙した時のような警戒心は微塵も湧かなかった。むしろ――――
少女は微動だにしない。力無く、ぐったりとその身をフレンに任せている。

「……だ、大丈夫かい!?」

慌てて呼吸を確認する。呼気が手のひらにかかったのを確認してから、フレンは彼女を極力優しく揺り起こした。
瞼が震え、ゆっくりと黒い瞳が露になった。髪と同じ色だ。
心臓が小さく跳ねた。まるで小さな針を刺されたかのように、胸が微かな熱を持つ。自然と彼女を支える腕に力が入った。
月光を受けた肌は白磁器のように白く滑らかで、黒く長い髪、黒い瞳とのコントラストが鮮やかで美しい。まるで緻密に計算された絵画を見ているかのようだ。
心奪われたフレンは何も言えず、呆然と少女を見つめた。彼女の方も、呆然とフレンを見つめ返していた。
先に口を開いたのは、少女のほうだった。

「……フレン」

僕を知っているのか。
驚いたのもつかの間。突然彼女に抱きつかれ、驚きを通り越して頭が真っ白になったと同時に顔から火が出た。
花と果物を合わせたような甘い香りが鼻腔をくすぐって、フレンの言語野を麻痺させる。
会ったばかりの異性に抱きつくなんて、はしたない! もしかしたらこれが暗殺者の罠? だとしても、密室に侵入した謎が……いや、そんなことより君は誰―――色々な想いが錯綜したが、全て言葉にならなかった。
そうこうしている間に少女は体を離し、何か言いたげな瞳を向けてきた。
フレンにも言いたい事、尋ねたい事は沢山あった。だが、一向に言葉が整理できない。
喋らなくては。君は一体誰なのかと、問い詰めなくては―――
気を焦らせるフレンであったが、その努力が実る前に少女が口火を切った。

「フレン、あのね。連れて行かれたお屋敷にはね、お菓子とドレスがいっぱいあって、メイドさんもいたんだよ」

一体何の話だろう。フレンは質問を纏めるのを止め、少女の話に神経を集中させる事にした。

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