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強い風と浮遊感が私を包んだ。
耳に障る風を切る音。私は、落ちていた。
長すぎる浮遊感に気付き、血の気が引いた。もう足が何かに引っ掛かってもいいはずなのに。
慌てて腕を彷徨わせる。どこか、掴まるところは無いだろうか。
残念な事に腕は宙を掻き、指の隙間から空気が零れた。
どうしよう――――
頭の中が真っ白になった。何も、浮かばない。何処にいるのかもよく分からなかった。


鯨の声がした。
ぼんやりと声のした方を向くと、そこには大きな、とてもヘンな動物がいた。
鳥のようで、魚のようで、竜のよう。体を覆っているものは鱗のようで、毛皮のようでもある。
この動物には見覚えがあった。この世界に来る時に会った、神様だ。
目を見張った。彼がいるということは、もしかして―――
神様らしき動物は、水族館の魚のように悠々と私の周りを泳いでいる。
何時終わるとも知れない浮遊感と風。そして、白い視界。何もかもがあの時と一緒だった。校門から、この世界へ落ちた時と。

私はまた、世界を超えようとしている!

最初に心に浮かんだのは、安堵や喜びではなかった。

「や……」

元の世界に戻ったら、フレンと会えない。
彼の姿を見ることも、海のような瞳とにらめっこすることも、金の頭に顎をのっけることも、ゴツゴツした手に手を引かれたり、頭を撫でられることや、力強い腕で抱っこされることも、筋肉のついた硬い脚に抱きつくことも、優しい声で叱られたり褒められたりすることも、「フィナ」って名前を呼ばれることも―――無い。
嫌だ。

「やだああああああ!!」

思わず絶叫した。ただでさえフレンと離れ離れになっているのに、異世界に、地球になんて帰ったら。もう二度と会えなくなるかもしれない。
それは地球の方も同じで、このチャンスを逃したら、いつ帰れるのか分からない。もう二度と帰ることは出来なくなるのかもしれない。
それなのに、口は勝手に動いていた。

「私、フレンの所に行く!! 行きたいの! まだ、帰らない!!」

その時の私に、家族や友人、日本での生活を捨てる覚悟なんて無かった。頭の隅っこでは、「え? そんな簡単に決めていいの?」と言っている自分がいた。けれど、フレンと離れたくない自分の方が、圧倒的に大きかった。
神様が私の正面に回る。すると、服をはためかせていた風が止まり、私は空中に止まった。真っ直ぐに私を見据える彼の顔は、なんだか困っているようにも見える。

『異界の子』

あの時と同じ声が響いた。

『そなたが騎士に拾われたのは偶然であった。私はそなたをあるべき場所へ送ろうと思っていた』

彼の言葉は意外だった。私がフレンに拾われたのは、神様ですら予期していない、いわばハプニングだったのだ。

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