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下町の用心棒と一緒に貴族の屋敷に忍び込むという、ばれたら懲戒免職ものの大事を成し遂げてから一夜明けた。
気分は昨日のように奈落の底に沈んではおらず、むしろ少し高揚気味だった。
これも、あの親友のお陰だ。
『お前はフィナよりも、法を守る方が大事なのか?』
この問いかけは、フレンの内なる信念を燃え上がらせた。
以前からユーリと大事なものを守る正しい方法―――簡潔に言えば正義―――について、考え方の違いから幾度と無く衝突してきた。
彼は、大事なものを守る為なら法すらも破るという。
フレンは納得できなかった。
法は秩序ある平和な社会を形成する為に必要な、大切なものだ。人々がルールを破り好き勝手する無秩序な社会は、平穏とは程遠いものになってしまう。そう。法は平和で正しい世界を作る為に必要なものなのだ。
『目的の為には手段を選ばない』―――その考え方は行き過ぎている。
ユーリの考えとフレンの考え。どちらが正しいのか。今のこの状況は、その答えを出すための前哨戦に思えた。
―――僕は、法とフィナ、両方を守ってみせる。それが、僕の正義だ。
フレンは普段よりも遥かに早く身支度を済ませ、私室を後にした。
帝国法で、養子についての取り決めがあるのは貴族だけ。
騎士団長アレクセイの言葉を思い出し、フレンは本棚から分厚い本を一冊、抜き取った。当たり前の事を、難しい言葉で微に入り細に入って規定しているこの書物は、遥か昔の皇帝が創り出したものだ。
――――いつか、変えてみせる。この貴族に傾いた、古ぼけた法じゃない、全ての人を守る新たな法を―――
剥げた金箔押しの題名を眺め、フレンは強くそう思った。
目的の項目を確認し終えた彼は、フィナを取り戻す方法を求めて思考を巡らせた。養子縁組の成立に必要な条件は二つ。評議会の許可と、あとは―――
「フレン小隊長!!」
書庫の静寂を掻き消し、一人の女性が急ぎ足でフレンに近付いた。
「ソディア。書庫では静かに」
「これは本当ですか!?」
フレンの台詞に被さり、眼前に突き出されたのはB5サイズ程のビラだった。内容は……
「『キュモール隊に新マスコット、キュモール伯の娘フィナ嬢が我が隊に入隊』……!?」
「キュモール隊の者が、自慢げにばら撒いているのです! 一体どういうことですか!? 何故フィナがキュモールの家などに……」
ビラには手配書担当の画家によるものであろう挿絵があり、キュモール隊仕様のマントを纏ったフィナが描かれていた。
騎士団内でのフィナの知名度は高い。その小さく愛らしい風貌が、何かと荒みがちな騎士達に絶大な人気を誇っているのだ。そのため、現在のフレン小隊は転属したい部署ナンバーワン。小隊でありながら親衛隊に次ぐ騎士団の花形と化している。