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「……無理すんな」
そっと耳打ちし、彼は手元の水を私の方へ押しやった。この水はこのために用意してあったらしい。
この水を飲めば、口の中の物体を押し流す事が出来る。けれど、さっきまで燃えていたユーリへの敵愾心が、彼の助けを受ける事を拒んだ。
無心で咀嚼し、飲み込む。その気になれば飲み込めない事は無い。口の中に入れて飲み込めば、それは“食べた”という事になるんだ。味わう必要は無い。
喉元を過ぎてみると、案外全部いけそうな気がしてきた。酷い味だけれど、決して美味しくはないけれど、でも、残すなんて……フレンの顔を見たらできない。
私はストロベリーソースのかかった二口目を口に入れた。
「!」
今度の味は、痛かった。
「フィナ?」
さすがに表情は隠せず、フレンが心配そうに私の顔を覗き込んだ。
口の中がひりひりと、火傷をしたように痛い。もう繕うことなんて出来なかった。ツーンとしたものが目に行って、涙が勝手に溢れ出た。
「お、おい!」
ユーリががたんと椅子から立ち上がった。フレンも驚いて、「どうしたんだい!?」と大きな声を上げた。
もう隠しても無駄だ。観念して水を受け取り、フレンに口の痛みを訴えた。
「痛い? そんな……おかしな物は入れてないのに」
「でも、いたいの」
水を口にしても、ヒリヒリとした感覚がまだ舌に残っている。涙も止まらない。狼狽したフレンの困った顔が目に映って、それが余計に痛くて涙が出た。折角の誕生日で、折角フレンがケーキを作ってくれたのに。
「お前、この赤いソースは何で作ったんだ」
ケーキを検分していたユーリが尋ねた。フレンはさも当たり前のように答える。
「唐辛子だよ」
思わず絶句した。彼にはとぼけたそぶりも、意地悪をした様子も無い。いい味のアクセントになるんだよ、と自前の料理論まで披露している。
つまり、彼はこの味をとても美味しいものだと思っていて、とどのつまり彼の舌は……
ユーリが溜息をついて、やれやれと首を振った。
「それだ、原因は」
「え?」
「子供は辛いのが苦手だろーが。少しは考えろって」
今度はフレンが絶句する番だった。
「フィナ……僕は何て事を……」
肩を震わせ、フレンが私に抱きついた。慌ててコップを持つ手に力を込める。幸い、水は零れなかった。