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台所の入り口に目を向けると、うんざりした顔のユーリが立っていた。実は、現在いるキッチンは下町の宿屋のものだったりする。おかみさんに許可をとって使わせてもらっているのだ。
ユーリはケーキに近付くと、「これ、フレンが作ったのか?」と何故か危険物でも見るように、用心深くそれを眺めた。
「ああ。力作だろう?」
「『ハッピーバースデイ、フィナ 僕は君の盾、君の剣になる』……力作だな」
ぎょっとしてフレンを見た。そんなメッセージが書かれていたなんて分からなかった。フレンも、私に伝わるとは思っていなかったのだろう。「ユーリ!」と控えめに彼を非難して、頬をほのかに赤くした。
「国に仕える騎士が、こんな事を言ってはいけないのは分かってる」
「いや、別にいいだろ。お前はいい加減、公私の使い分けを覚えろって」
「でも僕は、フィナを守る為なら全てを犠牲にしてもいいと思ってしまうんだ」
「いやだから別にいいって言ってんだろ! 人の話を聞け!」
付き合いが長いだけあって、二人の会話に私の入り込める隙間はない。頭上で巻き起こる怒涛のボケとツッコミを聞き流しつつ、もう一度ケーキを見下ろした。私の為に作られた、世界でたった一つのケーキ。それがこんなに綺麗で美味しそうなんて、嬉しくないわけ無い。自然と頬が緩んで、ニコニコしてしまう。
ふと気がつくと、二人は会話を切り上げて、じっと私の顔を見ていた。フレンの方は陽だまりみたいな、暖かな笑顔で。ユーリの方は、死に直面した病気の少女を見るような、やるせない顔をしていた。
「なに?」
怪訝な顔でユーリを見やると、「いや、別に」とそっぽを向かれてしまった。
物腰柔らかなフレンと比べると、ユーリはぶっきら棒でがさつだ。それが私には怖くて近寄り難い。もちろん、彼がとても良い人なのは知っている。面倒見が良くて何かと助けてくれるし、なによりフレンの友達なのだ。フレンの認めている人が、悪い人なわけが無い。
でも、今の彼の振る舞いはよく分からなかった。私の行動に難癖をつけられたような気がして、少しムッとした。
「さあ、テッドや皆も呼んでお祝いしようか。フィナも早くケーキを食べたいだろう?」
フレンの提案に笑顔で頷くと、またもやユーリが水を差した。
「あいつはさっき遊びに出たぞ。おかみさん達も今忙しいし、先に食べちまっていいんじゃねーか?」
「そう……仕方ないね。寂しいけど、三人で食べようか」
「俺はいい」
「遠慮はいらない。フィナもいいよね?」
「うん」
「腹の調子が悪くて、食欲がねぇんだ」
そこまでして拒否するなんて。折角フレンが腕を振るったお菓子なのに、失礼だとは思わないのだろうか。
さっきの悪印象が尾を引いて、ユーリへの敵愾心が燃え立った。けれど、フレンは気分を害した様子も無く、「じゃあフィナが独り占めできるね」と柔らかく微笑んだ。