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次の日訪ねてきたのは、フレンではなくあの気色の悪い騎士だった。
「うん。それなりにしてれば貴族らしく見えるじゃないか」
私のドレス姿を見て、彼は満足げに頷いた。騎士団のマントは洗濯すると言われて、取り上げられてしまっていた。
フレンが来てくれなかった事に落胆したものの、これはチャンスだと思った。
「私、貴族の子になんてなりません! フレンのところに帰してください!」
キュモールを見上げ、一息に叫んだ。早くこの屋敷から抜け出して、フレンに会いたい。その気持ちが私を急きたてた。
「なに?」
彼の顔が、瞬時に鬼のようになった。親の敵でも見るように、憎憎し気な目で私を睨む。
そんな目で見られるような事を言っただろうか。自分の台詞を思い返してみるが、特に変な事は喋っていない。一体、何が彼の逆鱗に触れたのか―――
「貴族なんて? 貴族なんてって言ったか今!?」
突然激昂したキュモールが、私の胸倉を掴み、凄い力で引き上げた。体に圧力がかかって、ぐ、と肺から息が漏れる。苦しい。
「アレクサンダー様!」
メイドの一人が彼を窘める一言を発したが、彼はそれを無視し、メイドももうそれ以上何も言わなかった。
「やっぱり、下民の子は下民だね! 貴族の高貴さが分からないなんて、なんて可愛そうなオツムなんだろう!」
容赦の無い罵声が浴びせられる。けれど、苦しくてそれ所じゃない。話の内容なんて、全く頭に入ってこなかった。ただ、早く下ろして欲しかった。首の後ろや、袖の付け根、背中に縫い目が食い込んで、痛い。自然と目に涙が滲んでくる。
「ま、お前の養子を決めたのは伯父上だからね。伯父上の顔を立てて、我慢してやるよ。心のひろーい僕に感謝しろ、下民!」
突然、体が浮遊感に襲われた。嫌な予感がして、心臓が冷たくなった。
「きゃあっ!」
お尻に、床板が打ちつけられた。痛い。打った所が熱を持って、じんじんする。
どうして、どうしてこんな事をされなくちゃいけないんだろう。私はフレンの所に帰してと頼みたかっただけなのに。
「うっ……うぇ……」
自然と唇がへの字に曲がって、声が漏れた。痛さと悔しさと悲しさが胸に溜まって、体と顔が熱くなった。
もう嫌だ。この不愉快な気持ちを、何処かにやってしまいたい。
「うぇえぇーー!! ふれん、ふれえぇえーーー!!」
フレンなら、フレンと一緒ならこんな気持ちになったりしない。怖くても、不安でも、痛くても、疲れていても、苦しくても、苦くても、フレンがいれば乗り越えられるのに。
その後、私はメイドに抱きかかえられ、部屋に戻された。
連れて行かれる最中、視界の端で私のマントがキュモールに手渡されるのが見えた。
もう私はフレン小隊の保護下に無い。きっとそういう事なのだろう。
元のきらびやかな部屋で、私は大声で泣き続け、そのうち泣き疲れて眠ってしまった。