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私がこの世界に来てから、何日経ったろう。
ベッドに寝転がり、フレンにもらったノートを眺めながらフィナは思った。ノートには落書きと、覚えた単語を整理した簡単なテルカ・和辞書が書いてある。
この世界の文字を覚えるのは、英語の単語を覚えるよりも早かった。けれども、最近はその勉強も身が入らない。
原因は分かっていた。文字の勉強を始めた理由……目標への想いが弱くなったからだ。
ここへ来たばかりのフィナは、はっきり「日本へ帰る」と目標を持っていた。こんなよく分からない、見知らぬ世界に長居する気は無く、フレンが与えてくれる安心にすがって日々をやり過ごしていたのだ。
だが今は違う。フレン以外の知り合いも出来、城や街の様子、人々の暮らし、社会の仕組みが、少しずつ分かってきた。
ここは、不思議な出来事や見たことの無い危険な動物が闊歩しているだけの世界ではない。
魔物の脅威から守られる結界の中で、様々な人が素朴な生活を営んでいる世界なのだ。
フィナはこちらでの生活が嫌いでは無かった。強制された勉強も、面倒な人間関係もない。元の世界には無い平穏が、ここにはあった。そしてなにより、この世界にはフレンがいる。
フィナはノートの一番上の行に目を向けた。歪んだテルカ・リュミレース文字で『フレン・シーフォ』と書かれている。この辞書の、一番最初の単語だ。
腹ばいになっていた体を起こし、ため息を吐く。フィナは自分がどうしたいのか、分からなかった。
と、なにやら背後から視線を感じた。
首を回して振り向くと、フレンがこちらを見ていた。
その表情は陰っていて、心配事を抱えていると一目で分かるものだった。

「フレン、どうしたの?」

ノートを閉じて彼に向き直る。フレンは異変を察知されるとは思わなかったようで、慌てて笑顔を繕うと「なんでもないよ」と言った。
もちろんそんな言葉を信じられるはずも無く、フィナは「そうなの?」と彼の顔を見つめ続けた。
フレンは後ろめたそうに視線を外し、そしてまたフィナを見ると、観念したように苦笑いを浮かべた。

「かなわないなあ」

彼はフィナを抱き上げ、ベッドに腰かけると自分の両腿の間に座らせた。本を読み聞かせるときの定位置だ。

「ねえフィナ」

「んー」

「その……訊いてもいいかな。君が来た世界のこと」

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