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言われた通りに礼儀正しく振舞う私を見て、ヨーデルが言ったのだ。

『フィナ。大きくなったら、私のお嫁さんになりませんか?』

私はてっきり冗談だと思ったし、その話を聞いていた周囲の人も冗談と受け取って笑っていた。
目を白黒させていたフレンを除いて。

「うん。けど、ホントじゃないでしょ?」

「そうだね。お戯れになっただけだと思う。けれど……フィナは、どうかな?」

「どう?」

「殿下のお嫁さんになってもいいと思うかい?」

どうしてそんな事を聞くのだろう。単純に不思議だった。
私がぽかんとしている間にも、彼は次々と言葉を吐き出した。

「もし、君がそれを望むなら……僕は協力するよ。お姫様になるっていうのは、女の子の夢だからね。分かるよ。相手は皇族で、一筋縄ではいかないだろう。けど、幸い殿下は君に目をかけていらっしゃる。可能性はあると思うんだ―――」

面食らってしまった私は、口を挟めずに呆然と彼の話を聞いていた。
確かにお姫様に憧れる気持ちも、私の中にはある。けれど、そのために皇族のお嫁さんになろうとは思わない。
わけが分からずぼうっとフレンを見つめていると、彼は私の顔を見て『しまった』という顔をした。

「ご、ごめんね。フィナ。君にはまだ、こんなこと分からないよね」

彼は話をごまかすように、そそくさとドレスの入った箱をクローゼットに押し込んだ。
たんすの肥やし、という単語が頭に思い浮かんだ。



***



何故だか分からないが、その日のフレンは浮かない気分だった。
機嫌が悪い、というわけではなく、これから大雨がやって来るような、嫌な予感がしていたのだ。
そんなに食事会が憂鬱なのか、と自分の深層心理を疑ってみるものの、ヨーデル殿下の招待を無下にするわけにはいかないという気持ちのほうが強かった。
散々嫌がっていたドレスを身にまとい、落ち着かない様子でもじもじするフィナは本当に可愛らしく、浮かない気分を紛らわせてくれた。
これだけでも参加した甲斐がある、とその時のフレンは思っていたが、少ししてあることに気がついた。
着飾ったフィナはまるで貴族の子のようで、遠くにいるような感じがするのだ。
自分とは身分の違う、いや、身分だけではない。何か他の隔たりがあるような気がする。
もともと彼女は異世界の住人だ。違うところがあるのは当然だろうと自分に言い聞かせるも、違和感はぬぐえなかった。
そんな胸騒ぎを感じる中、ヨーデルの言葉はフレンに大きな衝撃を与えた。

『フィナ。大きくなったら、私のお嫁さんになりませんか?』

まるで冷や水をかぶったようだった。
普段ならすぐに戯れと割り切り、冗談でもありがたいお言葉だと感謝を述べるはずだった。
その日はできなかった。フィナとの間に感じた隔たりが、現実のものとなった気がしたのだ。
フィナが、ヨーデル殿下の妃になる。
冷静になって考えれば、現実離れした話だとすぐに分かる。歳の差はもちろん、身分からして違う。
だが、その言葉は不安を加速させた。
フィナはヨーデルの言葉をどう思ったろう。
それが異様に気になり、不安で落ち着かなかった。

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