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「でも……」
「ええ。きっとフレンは困るでしょうね」
そう言っていたずらっ子のように笑う。からかわれただけかとムッとするが、彼はすぐに次の言葉を継いだ。
「少し困らせるくらいでいいんです。これくらいで、彼はあなたを嫌いになったりしません。望みどおり、とは行きませんが、きっと嬉しい結果になると思いますよ」
真面目な恋愛講座だったのだろうか。
ぽかんとヨーデルの顔を眺めていると、彼は再びニコリと笑う。
「フィナは自分の気持ちだけではなく、人の気持ちも考える事が出来る優しい子ですね。あなたとお話していたら、元気が出てきました。ありがとう」
彼の手が私の頬に伸びた。ふに、と口の両側を親指で引っ張り上げられる。
「次は是非、貴方の笑顔を見せてください」
彼はそれだけ言うと立ち上がり、小さく手を振ってから踵を返した。
呆然と彼の背中を見送っていると、突然、体が宙に浮いた。
「見つけたよ。勝手に一人で先に行くなんて駄目だろう」
「フレン」
振り向いた先には、見慣れた碧色の瞳。彼は落ちないように私を抱きなおすと、中庭に向かって歩き始めた。
ゆりかごのような心地良い揺れ。お昼過ぎという時間も相まって、頭がぼんやりと眠りの海に沈みそうになる。
何とかその波を押し戻し、先程ヨーデルに言われた事を思い返した。
『なら、それをフレンに伝えればいいんです』
理屈はよく分からないが、折角伝えればいいと言われたのだから、伝えてしまおう。口を閉じて我慢するのは、ストレスが溜ってしまう。
眠気の所為で、私の判断力はかなり大雑把になっていた。
「ねぇ、フレン」
「ん? もう大分眠いんじゃないのかい?」
「あのね、フレンが他の人と仲良しなの、やだ」
彼の反応は思ったより深刻ではなく、むしろ小さく噴出していた。
「直球だね。君がそう思っているだろうなって、なんとなく分かっていたんだ。ごめんね。でも―――」
「フレンは悪くないよ」
「えっ?」
「エステリーゼ様も、悪くないの。謝る事、無い」
「……フィナは、そう思うのかい?」
「うん……わたしが、我慢してればいいとおもったの、けどね、よでるさんがね、つたえたほぅが、いいって」
「よでる? 誰かとお話したのかい?」
「ぅん……」
瞼が重い。フレンに抱っこされている感覚も、なんだか薄くなってくる。
「あのね、フィナ。君の目には、僕は皆と仲良しで、人によっては君より親密にしているように見えるときもあるかもしれない」
フレンの声にも靄がかかってきた。何度か目を瞬いて、頭を起こそうと足掻いてみる。
「けれど、覚えておいてくれ。君は僕にとって、とても大切な人なんだ。何者にも代えられない存在だよ」
彼が何と言ったのか、ぼんやりと感じ取る事しか出来なかった。
それでも、私の胸はふわっと軽くなった。
その日は、とても幸せな夢を見た。