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抱きしめて、頭撫でてやる―――そういえば、最近フィナを抱きしめてあげていなかったとフレンが思ったときだった。
「ふゃああああああ!!」
けたたましい子供の叫び声が外から聞こえてきた。すると酒場のドアが乱暴に開き、続いて騒がしい足音と共に誰かが駆け込んできた。
「ふれぇえぇー!!」
「フィナ!?」
フレンはすぐさま椅子から立ち上がった。しゃがんで手を広げてやると、彼女も手を伸べてそこへ飛び込んできた。
「どうしたんだい、フィナ」
初めて見る彼女の取り乱しっぷりに、フレンはうろたえた。普段の彼女はとても落ち着いている為、こんなに切羽詰った様子は見たことが無かったのだ。
一体何が起こったのか。フレンの脳内であらゆる可能性が駆け巡る。
彼女をこんなに怯えさせるなんて、許せない。
抱きしめる腕に力を入れ、犯人を探す為に顔を上げた。
「!」
フレンの目の前で、テッドがビクリと体を震わせた。
「……テッド? どうしたんだい?」
「こ、コイツが僕の獲物を見て、怖がって逃げたんだ」
彼は微かに怯えながらフィナを指差した。獲物?と聞き返すと、彼は手に持った虫をフレンの前に掲げた。
「マイオキアヘキボシカミキリじゃないか」
「ほぉー。大物だな」
「ユーリが教えてくれた場所で見つけたんだよ!」
「やー!!捨てて!!」
フィナが虫に気付いて、フレンの胸に顔を埋めた。
どうやらこの虫が、彼女をこんなにも怖がらせている犯人だったらしい。
拍子抜けしたフレンは、思わず破顔した。
「フィナ、この虫さんが怖いのかい?」
「こういうのをカッコイイって言うのにさー。女は分かってないな!」
「バカな事言ってないで、早く逃がすか籠に入れるかしなさい!!」
おかみに怒鳴られ、テッドは慌しくカウンターの奥へ姿を消した。それを見届けた彼女はフィナに向きなおり、親しみの湧く笑顔を浮かべる。
「フィナちゃんごめんね。もう怖い虫さんはいないからね」
フィナは少しだけ後ろを向き、もう虫がいないことを確認するとフレンから体を離そうとした。
「あ、待って」
フレンはフィナを引き止め、きゅっと腕の中に閉じ込めた。彼女は何ごとかと目を丸くし、パチパチと瞬きを繰り返した。
「君は、本当に可愛いね」
小さな虫をこんなに怖がるなんて。
と後に続く言葉は胸にしまった。彼女の気分を害するかもしれないからだ。
頭を撫でてやると、まるで猫のように目を細める。その分かりやすい反応に、フレンは心をくすぐられる感覚がした。
―――君を安心させるつもりだったのにね。
自分自身が彼女の温もりに癒されている。そう自覚して、フレンはより一層、彼女を大切に思うのだった。