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「シュヴァーン隊長……!? い、一体何を……?」
若い騎士から向けられたのは、いつもの尊敬のまなざしではなく、明らかな動揺と疑いの目。
終わった。
シュヴァーンは自分の人生が幕を引いたのを確信した。
馬車で相乗りになった女性に触れるだけで、社会的に抹殺される昨今。このような決定的瞬間を見られては、ただでは済むまい。英雄シュヴァーンの栄光は地に落ち、闇へ葬り去られるだろう。
人魔戦争から十年。思えば長い月日だった。自分はあの時死んだのだ。そう思えは今の生など、まやかしに過ぎない。未練など無い。キャナリ、ようやくお前の元へ逝ける―――
万感交到っているシュヴァーンの前で、フィナは熱で自由の利かない体を必死に動かし、ベッドから抜け出した。そして、フレンの元へ駆け寄るとその後ろに隠れた。
フレンのほうはどうかというと、今見たものが信じられないと言った様子で立ちすくんでいた。
互いに何をいえばよいのか分からず、しばしの沈黙が流れた。
「すみません、席を外して」
沈黙を破ったのは当直医だった。書類ケースを持って出て行った彼女は、代わりに紙袋を抱えて現れた。
彼女は現場の異様な空気に首を傾げたが、ベッドの上の患者用寝巻きを見て声を上げた。
「あら、シュヴァーン隊長。申し訳ありません。今それを取りに行っていたんですよ」
そう言って紙袋から取り出したのは、子供用の小さな寝巻きだった。
「ここは子供用の物を常備してなくて……薬も小児用を仕入れてきましたので、もう大丈夫ですよ」
「フィナの為にわざわざ……ありがとうございます」
「いいえ、騎士団長に進言しましたら、経費は全て騎士団から出して頂けました。これからも遠慮なく医務室を利用してください」
白衣の女神が微笑んだ瞬間であった。
フレンは気まずそうにシュヴァーンへ謝辞を述べたが、フィナの方はすっかり怯えてしまい、近付いてすらくれなかった。
「フィナ。この方は偉い隊長さんなんだ。ご挨拶して」
「……や」
「フィナ……色々面倒を見てもらったんだろう?」
世話をしてやった努力は報われず、それどころか嫌われてしまった。
だが、これで彼女の世話係が自分に回ってくる事は無いだろう。
シュヴァーンはそう割り切ることにして、医務室を去った。