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そういえば、前にもこんな風になった。朝市で、川に落ちたあの時。私を引き上げたフレンは「無事でよかった」と私をぎゅっと抱きしめたのだ。その時、水で冷えていた体がぱっと温まった。あの時は、ただ単に恥ずかしくてそうなったのだと思う。けれど―――今、その現象が起きているのは何故だろう。
「フィナ?」
エステリーゼに声をかけられ、ぼうっとしていた意識がくっきりとした。
とっさに「答えを出さなくては」と思い、口を動かす。
私は、フレンといると……
「恥ずかしい」
「恥ずかしい……です?」
彼女は翠の目を大きく見開き、パチパチと瞬かせた。そして、首をかしげて自分の思考の中に入った。
「恥ずかしい……『相手と比べて自分が下だと感じ、気後れする。または、人目につきたくない感覚』……ですね。どうしてでしょう」
私自身、この感覚はよく分からない。でも、体温の上がる感じは“恥ずかしい”が一番似ている。
とりあえず、彼女のマネをして首をかしげた。
フレンが他の場所へ移る時間になったので、私はおいとますることになった。
彼の移動のついでに、部屋まで送ってもらうのだ。
「フレン」
私を呼びに部屋へ入った彼に、エステリーゼが駆け寄った。
そして、可愛らしい仕草で背の高い彼の耳元に口を寄せる。
こしょこしょと何かを伝えると、フレンはほのかに顔を赤らめて「な、何をおっしゃるのですか」とうろたえた。
胸が、変になった。奥の方がきゅうっとした。それが、なにやらとても不快なのだ。
ぼうっと見守る私の前で、二人は睦まじい会話を続けていた。
話の内容はよく聞き取れない。けれどエステリーゼが口を開くたび、フレンは微笑んだり困ったり、表情をころころ変えて楽しそうだ。
嫌な気分だった。人が楽しそうにしているのを見て嫌な気分になるなんて、自分でも性格が悪いと思う。けれど、どうしても明るい気分になれない。
フレンの笑顔は好きなのに。エステリーゼにそれを向けている所を見ると、とても辛い。
もしや、これは嫉妬だろうか。
気付いたら恥ずかしくなった。フレンといると感じる『変な恥ずかしさ』じゃなく、本物の羞恥。
フレンを取られて機嫌を損ねるなんて、まるで子供みたいだ。
「ごめんねフィナ。待たせてしまったね」
彼は私の顔を見るなり、機嫌を取るような笑顔を見せた。
それほど酷い顔をしていただろうか。
なんとか取り繕おうと表情筋を動かすが、固くて笑顔は出せなかった。