ヴィーナスの片思い後篇





 どうしてそんなに力強く押さえ込まれているのかわからない。
 顔がずいと、息の掛る位置まで近づくと反射的に目を瞑った。
 ティキが、ラビの眼帯に唇を付ける。

「ラビは、こんなに欲しがっているって顔に書いているのにね」

 そのままベットに押し倒されて、顔の横に肘を突かれる。
 
「このまま、我慢するのもオレへの戒めかとも思ったんだけど」

 ラビに足の間に、ティキの膝が割ってはいる。スカートが腿の位置までずりあがってスースーして、ラビは慌ててティキの肩を押す。

「ぅおお、何、ちょ、何しだすさ、ティキ!」
「プレゼント」
「はあ?」

 ティキの手が、ラビにリボンタイに伸びる。じらすようにその赤い襞を意地って、その手を胸元に降ろしてゆく。
 起き上がりたくてもラビの下半身はティキの足に抑えつけられていた。

「ぷれ、ぜんと?」
「オレ」

 ティキの腕が幾ら長くとも、肘をベットについているのだからその顔は酷く近い場所にある。
 臆面もなく、八百長の上手いその口が動いた。
 プレゼントはオレ。即ち、ティキ本人。

「・・・なっ!」
「ベタ?それとも冗談言うなって?ぁ、安いプレゼントだと思った?」

 ラビが反応するより早く、用意していたといわんばかりの言葉をぽんぽんと並べる。
 下手なのは、付き合ってから充分承知している。
 冗談が上手いのだって、付き合う前から癖のようなものなのだと理解していた。
 言葉だけなら安いものだと思うけど、ティキ自身が安いなんて決して思っちゃいない。

「・・・ティキ!」

 取り合えず此処は学校で。早朝だというけれど、この体勢は実に思わしいものじゃない。
 大きな体の下から這い上がろうとするものの、ラビのチェックのスカートはティキの膝の下敷きになっていた。

「オレは思いつく限りのわがままを実行するよ」

 もがいているラビの顎をティキは掴み、そのまま軽くキスをする。

「したいこと・させたいことを言わないと、オレは馬鹿だから理解できないかもよ?」

 そのまま胸に触れていた掌が、膝の上の無闇に広がりやすいスカートの裾を腹までめくり上げる。
 下着に手を掛けられて、そのまますんなりずり下がる。
 ティキは顎を未だ解放してくれない。困惑いてもわかる。こんな場所で、恥ずかしいことになっている。

「・・・ぁ、ティキッ・・・!」
「このまま、腰が立たなくなるぐらい上げるよ」
「・・・ま、・・・ンッ」

 指が中に入ってくると空気を呑みこむようにして喉が詰まった。
 目を合わせていることが居た堪れなくて目蓋をきつく閉じる。何も見えないせいで、接触の感知機能があがってしまって指の形が隅々まで理解できる。
 ティキの指は長くて繊細で、ラビと悦ばすことが途轍もなく上手い。

「ラビ」
「んっ、ぁ・・・!ティ・・・や、やだ・・・!!」

 顎を掴まれて、顔は横に反らせない。目蓋を持ち上げるのも目を見て言うのも酷く怖かったけど。
 待って欲しい。
 今、欲しいのはそんなものじゃなくて。

「・・・や、やめてさ、お願い・・・!」
「ラビ?」
「・・・プレゼント、なんか、いらなかった・・・!一緒にいてくるだけで、良かったから・・・!」

 正直に心に留めていた言葉を吐き出してしまうと、一緒に涙がダムの洪水のように溢れてくる。
 一緒にいて欲しかった。
 ラビが、生まれたことを祈ってくれる。それが、嬉しかった。
 プレゼントが欲しかったわけじゃない。
 ティキも、本当は欲しかった。けど、そんなのは言葉のうえでしかなくて。
 実際、自分は自分のものであるかさえ曖昧なのに、どうしてあげたりできるのか。
 なら、時間が欲しかった。
 ティキとラビの、時間が。

「・・・ラビ?」
「・・・昨日、ずっと、ずっと待ってって、独りで、待ってって。ティキが得意なハンバーグの材料も、一緒に食べようっていってた、ホールケーキも独りで買いに行って。もしかして夜に会えるかもしれないって言葉を信じて、連絡があるかもしれない携帯電話の着信を聞き逃さないようにマナーモード解除までしてたんさ・・・。料理とケーキ、独りで見てるの寂しいから、冷蔵庫の中に押し込んで・・・待っている間に飽きないようにって勝った本も5冊全部読み終わっちまって・・・そしたら、テレビもラジオもつける気力なくなっちゃって、携帯と玄関に凄く敏感になっちまって、寂しくて、寂しくて」

 そこで、言葉を紡ぐのが不可能になった。鼻水がひどいし、涙で前が見えなくなったし、ティキが口を塞いでしまったから。
 血液が一気に流れ込んでくるみたいに、熱い。

「・・・ぁ、ふっ」
「・・・ごめんな」

 解放されると、ラビの胸が大きく上下した。息がまったくできなかった。ティキが離してくれなくて。
 未だ大きく息を取り込み続けるラビを抱き締められる。
 ティキは大きく息を吐き出した。「良かった」

「は?」
「やっと言った」

 ずずっ、と女であるまじきはしたなさだけど、鼻水が詰まってしまって声がくもっていたので思いっきりすすった。
 途中で意味がわからなくて、目が丸くなる。
 ひっく、今度はしゃっくり。やっぱりどれもこれも恥ずかしいけど、相手はティキだ。

「ぇ?・・・な、なにがさ?」
「寂しいって」

 頬の涙を擦りたくて腕をあげようにもラビの身体を潰してしまいそうな力で、全身から搾り出されたような力でティキが抱き締めてくる。
 ティキは、いつもラビに優しく触れていた。
 こんなに力強いのは初めてだ。
 そっと身体を離すと動転して行き場の無かったラビの手を取った。

「これが、本物のプレゼント」

 手首をとられて、指先まで滑る。
 薬指。
 右手の。
 シンプルな輪っか。
 シルバーの、リング。

「左手は、四年後くらいな」

 キスで上手く言葉が出なくて感謝さえ出来なかったけど、密着した頬に拭ったはずの涙が通るのをティキがきっと気付いていてそれが返事だってわかるはずだ。









 そのまま、「このシチュエーションもったいなくねえ?」と言い出したティキが、指輪に見惚れる時間も与えずラビに口付けた。
 カーテンの遠い外側でジリジリと鳴く声が聞こえる。太陽が段々上がってきている。

「一緒にいるとき、オレの我慢も限界なんだよ」

 昼間からこんなに密着しているのに、違和感がなくて。
 
「初めて知った」
「初めてこんなこと言ったけどな」

 高い位置から照られているような、光の溢れた場所だけど。

「・・・最初っからもともと、こういうつもりだったんじゃねえんさ?」
 素面に戻ること無い泣き顔で強気になって言ってみれば「あたり」と、ティキは嬉しそうに笑った。照れたように、無邪気に。

「…ァッ…!」

 もっと離せなくなっていく。
 



「・・・もっと、シたいんだけど」
「・・・これ以上したら、立てんさ・・・」
「そろそろ九時か」

 ラビの携帯のアラームが鳴った。普通ならこの時間におきなければならない。
 イコール、タイムリミット。
 少ししぶしぶといったようにティキは舌打ちをして、カーテンの締め切ったベットから起き上がった。
 シャツも纏わずに白衣を着かけたのでそれはやめとけと止めておく。

「部活って何時に終わる?」
「十時からだから・・・一時過ぎさ」
「りょーかい」

 本当に待っているつもりらしく、ティキは白いシャツを着て書類やら何やらを鞄から取り出しはじめた。
 それを背後でもそもそ動きながら、なんだか、再び勿体無いような、そんな気持ちが溢れはじめる。
 実感として愛しさが増すのはこんな瞬間らしい。
 ラビの着替えが終わったのを見計らって、ティキは保健室のカーテンも開いた。

「ラビは明日暇?」
「あぁ、うん、夜からはバイトだけど」
「よかった。もうひとつプレゼントあげなきゃいけないから」
「これ以上?」
「そ。オレの愛も」

 そろそろ真剣に受け取ってくれない?ティキが言う。
 いつも口からそんな甘ったるい言葉ばかりでるんだ。
 どれだけ女を誑かしているかわからない男だから、ティキは。
 たまに凄く子供っぽいくせに。

 そろそろ保健室から出ないと怪しまれるので、ラビは教室に移動しなければならない。
 身支度を整えて、保健室の入り口をあけるとティキが言った。

「ラビが起きれなくなったら朝飯はオレが作るよ。折角材料もあるわけだし」

 暗に戻ってきたら朝まで離さないって下世話な話。それと朝まで一緒ということ。
 ひらひらと掌を振るティキの胸元は肌蹴ていて、どこのプレイボーイかわかったものじゃない。
 色っぽい首元にはチェーンに釣り下がったシルバーの指輪が光っていた。

「色ボケ教師!」

 振り返るか、振り返らないか迷って、一言残してそのままでてしまうことにした。
 目が緩いのはしょうがないけど、我慢ができなくなってしまったようで口元までもあまりに露骨すぎて。
 その代わり返事一つくらいは残してやってやろう。 

「・・・早く帰ってくるさ、ティキ!」

 夏の学校の廊下は何処か長く、何処までも熱が篭っていた。
 ラビは暑さも厭わず高揚のまま走り出す。
 スカートが捲くりあがってしまいそうだけど、さっき少しだけ直した化粧が汗で流れてしまいそうだけど、
 止まらない。
 だって、すべてが大切で、欲しいものだったから。


Happy End♪












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