distance


 何処からどうやって迷い込んだのかわからぬまま、枯れ果てた森を抜けて広がった庭園。ラビは、そよぐ清風にふんわりと靡く髪を押さえた。
 ふいに気が重くなり、自分の中に存在する羅針盤が狂ってしまい、意識はまだそぞろとしていた。
 聳え立つ崖を上り、枯れきった木立を抜けると、陽が随分遠く、住居の一つも見えぬそこは緑そのものだった。
 見回す限り穏やかさで埋め尽くされ、所々にブランシェやローズの花がほろほろと咲いている。かすかな厳しさを感じさせたものは、穏やかな空気を纏いながらも厳重な手入れを課されていた名残があったからだろう。此処は粗末の無い華族の庭園の、残骸だ。

 一つ、手を伸ばした花は決して豪勢ではなく薔薇のように豪華ではなく、けれど野草のように強かではなく、渋さが誇らしげでどこか粛然としたものであった。
( ツバ、キ…… )
 四月の頭にしては、寒々しい気温だった。
 数え切れないほどに奉読して溜め込んだ知識に幅は必要なく、史実に始まり、故知や一辺倒な思想論文、料理のレシピから植物図鑑なんてものまであった。
知らないことがあるというだけで自分の足元が危ぶまれるから。油断は敵と厳しい先人の教えだった。

 今までお目にかかったこともないその花は確実に椿とラビは確信した。
 ぽつりぽつりと咲き頃を過ぎたその花は幾ら幹付近に裾を伸ばすかのように花弁を落としていた。しかし何処となく、逃げようとしない姿勢というか、群れの中でも房ごとに命をやどしているようだった。
 針葉樹の葉のように少しだけ刺刺しくもあるのに、包まれた黄色はその意図よりもさらに多くの空気を和ませていた。さらに混じり気さえ写さない気概が圧倒的であった。
 触れたこともないけれど、自分を彷彿させた。
 其れはある意味、正反対であるはずなのに、手の中にある感覚。
(別名---首切り花)
 いつか、未来の自分らしく、首がもたげるというのに、その花は欠けることなく気高さを保って全うするのだと聞いた。
 自分と対極にいるように、朽ちる瞬間まで、その身一つだけがたより。生きるも死ぬも、どちらでもいい。意志がない。
 綺麗であることだけが使命であって、ラビには負うことさえできなくなっていることが、この高根の花には完遂以外行き着く先がない。
 可か不可かは、とてもではないが諭しがたい。
 くるりくるり、と花弁が落ちる。其れさえも似ているのに、まったく違う。
 これは、願望なのかもしれない。


(全ての回転が、行き着く場所が、逸れ始めている)

 人道を無視している。一つの畑の中だけに生き抜く巡り合わせの自分には、反している。
 考え方が、欠けてきている。後ろ首を少しずつ、少しずつ、刈られていくように・重力のようなその馴れ合いが刃。
 理由を、失いつつある。そうであれ、という概念、理性・・・ロゴスが洗礼されていないものに犯される。抑えがきかなくなっている。
ただ一つ言える事は迷子になることがなかったのに。
 今はどうだ?
 一人だったものが二人に転じて、酷く密着していた世界が剥がれてゆく。
ぬくもりが伝心してきて、今まで終着駅と思っていたつまらないものが行方知れず。
 逸れた方向に、何か一つ理性が働こうとすると、性質が強くて耐性が酷くなっていないので上塗りするように手足を拘束してくる。

 回り道の名前は、


(ティキ……) 

 まやかし。
 解釈の仕方が、染まっている。衝動は影響を受けているわけではなく、これは恋という原因によって平素でさえ貫こうとしていた。
 ラビは目を細めて、房を一つ手のひらに包んだ。皮の手袋越しに酸素の精製を感じて、ぐしゃりと丸める。顔をゆがめたまま、握りつぶした。
 遠回りから外れた道が一本。受け入れ続ければ、終幕は自分を放棄することに架橋することになる。
 長々と弁解をして、結局道理に戻るのかと匂わせるくせに。
 帰するところにさえなったのは、それよりも誰からも隠してしまいたい、知らない花を見ても辿りつく先は全て破局という、後ろ盾のない、恋。

 願わくば、時が解消しない哀憐の淵に佇み続ける、誰も知らない恋の無窮へと。

 手のひらから花びらがこぼれた。残骸が、ぽとりと地面に落ちてゆく。はらりと無意識に、眦に浮かんでくる涙とともに。
一度途切れては、戻らぬものをわかってはいたのだけれど。


『次生まれるときは、傍に』







※ 椿の別名は、私がどっかで聞いたことあるようなことがあったかもしれないしなかったかもしれないもの。私は首が落ちるように簡単に落ちるその落花ぶりに怖くてこんなイメージがあったので使いました。
※ このラビとティキの合間にある距離はなんなのか、それまでちゃんと書きたいと思います。
※ 正直、原作ティキラビはこれが書ければもう、いいんじゃな…ごふっ







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