どれぐらい。後、どれぐらい時間が赦されているのだろう。ラビがブックマンになっても神様はきっと教えてくれない。
 ちっとも綺麗じゃない、汚れた魂。身体は欲望で囚われているし、精神は直ぐに冷静になって警報を鳴らしていた。危険だ、でも今しかない、とどちらからでもなく共鳴している。
 脱ぎ捨てた聖職を横目で見ながら、ラビは疲れて倒れこんだ。
 定員オーバーのベッドだからティキの上に重なる。
 胸と胸がくっ付いて、水のようにさらさらと心臓の音が流れ込んでくる。少しだけ二人分の動機は半拍分ほどずれていた。それが少しずつ少しずつ、熱が鎮火していくたびに、頭の中で連動していく。
 夢中になっていたのに、選ばせてばかりだから重ならなかったのかもしれない。
 ふいに目を反らしていたのに、顔だけ持ち上げて窓を見上げた。
 外は雨だ。救いであり、恵みである雨が降っている。
 誰かが喜んでいる、その優しい糸。
 ラビはもうそこには戻れない。

 後戻りは出来ない。

 二人なら、したくない。



 乾き始めていたラビの頬から一つ涙がすべり落ちてティキの胸に音を立ててはじけた。そのままつるつると幾らも落ちていく。慌てて振り払うと、真っ白のシーツに飛び火して、汚い染みが出来た。擦っても擦っても全く止まりそうにない。
何処まで言っても、直ぐそこには俺たち以外の何かが居る。
二人で想像した、二人きりの世界なんて有り得るわけがないのに。
 ダブっていた世界。
冷えた指の優しさが、冷えた心に込上げてきて息が出来ない。

「…どこか、に、行き……」

 欲しい。ただ欲しい。
 攫ってくれると、言ったこの人がずっと欲しかった。

 白いシーツを揺らした幸せな夢物語。
 神よ。
 貴方がもし存在していないなら、とさえ考えるようになった。
 
 ティキ。

 「ティ・・・キ・・・、」

 敵であるティキ。
 求めざる得ない人。
 
 痛みに耐えられるほど、愛している、この人と、一緒にいられないことはわかっている。


「誰も・・・知らない場所に、行きた・・・」

 行きたかった。
 行けないと、わかっているから。

 告白は小さすぎてティキに聞こえているかわからない。さらに嗚咽で肩が上下して泣き始めたものだから、最後のほうは言葉じゃなかった。

 切ない気持ちのままティキを見下げて、首に腕を巻きつけて、抱き締め返してくれるのを恋焦がれるように待ち望んだ。
ティキの手はとても冷たくて氷みたいで、優しい棘みたい。
ティキはもう、何も言わなかった。
白いシーツの中で繋がったまま二人、深遠の夢の中に落ちていくだけだった。

 起きたら、ひとりひとり、別々に戻っていることを、非難さえ出来ずに。



『神様。俺たちの望みは、叶わないこと』







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