未来を語る君の横顔

 頼りなく燃えていた橙。



「オレは今年、二十歳になる」

「ブックマンがそう易々自分の情報を流すとか、芳しくないね」

「アンタ、情報を買いにきたんだろ?」

 木枯らし色の風が吹く公園は、日が暮れてからというもの、めっきり人通りが減っていた。ティキはベンチに座ったまま、まあね、と首肯する。
 世の中には、人の数ほどAKUMAは存在する。けれど世界でたった一人のブックマンという存在は、逃げも隠れもせず、一人でも簡単に外にでたし、人と接触していた。
 現にノアである自分が目の前に現れても臆することなく、まるで近所の知り合いと偶然あったかのような気安さだった。
 ブックマンは二十歳になる、といった。ブックマンは、年齢が不詳ではなかったんだろうか、と過去の些細なやりとりの中からはじき出した憶測を思い浮かべながら素知らぬの顔で、三メートルほど離れたその顔をティキは一瞥した。

「…おめでとう。大人だね」

「アンタのその調子、どうにかなんねーの?」

「お祝いいらなかった?プレゼントはないけど」

「そういう物言いは好かんさ。アンタも大人になれっていってんの」

 あぁ、そういうことね。厳しい指摘にティキは肩を竦めて、背凭れに体重をかけた。
 話を切り出さないティキに、ブックマンは顎を上げた。

「報酬は?」

「半年間の、お前の身の安全」

「…アンタの力じゃそれが限界か」

「おいおい。ひどい言われようだな」

 ブックマンが、月のあがる茜色を見上げ、呆れてため息が零れる。
 強気な彼に、一人ティキは肩で笑った。

 見ず知らずの人間と、親密な関係の峡谷に入り込んでいるようだ。




 最後に話をしたとき、痛々しくて、苦しげで、肩を震わし物言いたげなかおで自分を見つめていた。
『やっぱり、やっぱりこうなるんさ…ッ』
 それで、怒っているのではなく、怯えているのだと気付いた。
 不確定な未来は、ブックマンにとってとても貴重なものではあるが、管轄に扱うものではなく、確かに手には余る。だから彼は憶測の能力に長けていた。
想定できる未来、それを用意しているのだ。
 そうか。わかっていたのだ。自分との、結末を。
 けれど、それを、言わないでいてくれたのだ。
 憶測は出来ても、確実な未来を抽出することは不可能であるはずだから。だから面白いのだから。
 けれど、結局時間というものはどれだけ多く用意された道があっても、種類はなく、その瞬間瞬間が前からの連鎖であるのだ。
 はじまりで道をはずしていたら、あるべき場所に行くしかないのだ。
 そういえば、あの時、どうしてあんな話しになったんだろう…?
 ひどく、突然だった、気がする。



「んで、今日は誰のお使い?」

 ラビの言葉で、ティキは我に戻る。ずいぶんと古い記憶に夢中になっていた。

「…と、ロードが、アレン・ウォーカーの好きな食い物知りたいって」

 わざとらしく、口端にくわえる安物の煙草を吹かして、ティキは取り繕う。


「みたらし団子」

 ティキにドン臭さとは打って変わって迅速に返答した。
 ありがとね、とティキがお礼を言う。
 ブックマンは、口端を持ち上げた。
 見ず知らずの、人間のようだ…
 そんな、お前を、俺は知らない。

 


『一緒に、暮らそうか』

 いつもの調子でいったはずなのに。 ねぇ、お前は確かに、あの時俺をひどく罵倒したけれど。
 いつもの調子に怒鳴って怒った、その跡に、殺気だった空気の隙間に、
ひっそり、笑ったお前の顔。
 なにかをかみ締めて、なかなか素直になれなくて喜びを隠そうとしている、お前のことが可愛くて可愛くてしかたがなかった、あのときを。
 いまだに、忘れられないんだ。
 あのときが、今でも自分の真実だから。


 先に裏切ったのは自分だけれど。




「んじゃ」

 ブックマンは、ふと月を見上げて、そして背中を向けた。



 つかず、離れた距離を保ちながらも、存在を確認しあう遊戯。どっちかが落ちたら終わりだった。
 どっちも、落ちなかったら延々に続いていただろう。なら、どっちも落ちてしまっていたら?
 いつの目の前にあった、終焉のタイミングが、どんどん迫ってきていて、いつも胸を締め付けられているようだった。




 ティキが、ブックマンに会うのは二年ぶりだった。ブックマン、に会うことは初めてでもあった。 赤い空に映える彼の、感情を捨て世界を見渡すことに慣れた穏やかな表情は、知らない人のようだった。

「…ラビ」

 これは、誰の名前。誰が返事をしてくれるの。
『オレは、ブックマンになる。…二十歳になったら』

 これが、どういう意味なのか、利口な自分には、いやというほどわかっていて。

 怖くて怖くて、先にあの恋を終わらせたのは、自分だった。

『まだ、時間は、あるのに…なんで今、御別れなんさっ』

 終幕のベルを、鳴らしたのは、自分。
 あのときは確かにこれでよかったと思ったんだ。

 でも、すべてをなかったことにされることが、こんなに悲しいこともなのだと知らなかったから。

 痛みよりもひどい、虚無感に襲われているのは、あの時逃げたオレへの罰なのだろうか。






【11 未来を語るキミの横顔】by診察室さま

さびしく感じるティキさんを書きたかったのです。
ティキは自分が終わらせたと思っていたんだけど、実際過去を過去にしたのはラビでした。







人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -