答えてはくれない

 ピーピー…ガ・ガガー…ッき…こギギッ…え………ガ・ガガ…ッる…か…………?

 聴こえる。忘れるわけがない。オレを呼ぶ声。






「あれ、ラビ?どこいくんですか?」


 行方不明だった、アレンがラビたちとの再会も挨拶もつかの間の再戦。激闘のすえ、休戦したと言っても油断のならぬ状況下、隠れ家として付け焼き刃といえども警戒を怠るわけにもいかず隠れ潜んだ洞窟の中。
 アレンは薪から離れ暗がりに向かうラビの後ろ姿に視線に止めた。

「ちょっと先がどうなってるか確認してくるさ」

 岩場に手のひらをついて振り向くラビにアレンは眉を寄せてならばと片膝をつく。

「危ないから一緒に行きましょうか?」
「アレンは疲れてんだろ?」
「それはあなたも一緒でしょ?」

 再会して間もなく戦闘をこなしたアレンもさながら、断続的に戦うラビも顔色は黄土に掠れ、そして思わしくはなかった。薪を囲うようにブッグマンやミランダ、神田そして結晶化から時放たれたが未だ目を覚まさぬリナリーも同様に覇気のかけらもない。まるで身を寄せ群れ合う小動物のような有り様であった。
「リナリーが目をさました時アレンがいないと調子ぬけさ」

 ラビが目を細めて笑うとアレンは渋々腰を落とした。すぐ帰ってくるから、とラビはゴーレムのかすかな光を頼りに洞窟の先を目指す。どこまで続いているかは問題ではなかった。どこまで行けば、声が響かないか、が重点だった。
 忙しくゴーレムから周波数を合わせる調律音が響き、耳に障る。その合間合間に聴こえる、ハスキーな男声。初めて気付いた時は心臓が口から飛び出るかと思った。なんてことをしでかす男なんだろう。

『…ラビ…ラビ、ラビ?』

 次第にはっきりとしだす呼び声。
 ラビは肩にゴーレムを寄せて、相手に見えしないのに気難しい顔をして不機嫌にふてくされた。

「ンな、何度も呼ばなくてもわかるさ」

 なるべく低く、ひそめた声でラビは応答した。ゴーレム以外に声が響かないように。

『さっきぶりだな』

 ティキはいけしゃあしゃあと、すっかり波長があったゴーレムから注がれる暢気な声が鼓膜から体内へ入り込む。
 
 まさか、あるわけがない通信だった。
 先ほどまで死闘を繰り広げていた人物が非常識にもなんとも朗らかな声で呼びかけてきた。

 ラビのゴーレムからティキの声が聴こえることは初めてではなかった。ティキの保有するティーズはゴーレムと似たような機能はないが、ティキの能力と掛け合わせるとゴーレムとの調和が可能だった。二人きりの頃はよくお遊びで使った。お互い多忙を極めて、会うことも叶わぬ状況下でまるで危機感もないながら密やかなやり取りはスリルを体感させて夢中だった。
 今思えば信じられない暴挙。
 かつての話だ。もう一年以上そんなムチャクチャなことはしていなかった。

『こうして話すのは久々だな。いつぶり?』
「一年と半年ぶりっしょ」
 ラビがブッグマンとともに教団にはいり、予定より長いするとわかってから連絡を取らなくなっていた。

 もともと教団に入った時点で糸はきっておかなければならなかったというのに、当時は覚えたことを整理つけることだけが義務でしなく、自分のことにまで世話をやけなかった。立場なんか管轄外だ。まだまだノアのこともわからないことが多くて。
 ティキはノアだとか破滅を導く者だとか、お互いの関係にふれるものではなかったせいもある。
 しかしそのうち、そんなことは言っていられなくなった。

 不自然だけろど筋の通った曖昧な途切れ。

『怪我、したか?』
「お陰様でアンタが思いっきり殴ってくれたところはボロボロ」
『お前なまったんじゃね?反応悪すぎだけど』
「こっちは満身創痍だったんだよ!」

 余りにも過去と変わらぬやり取り、そして自分の態度。
 なんでこんなに自然に話せるのだろう。
 あんなににくくて悔しくてたまらなくて、殺そうとまでしていたのに。
 アレンが生きていたからなのだろうか?
 それともほかに理由が。
 幻想のようだからかもしれない。
 起きたら消えてしまう夢のような。
 四方闇に囲われて、声の反響と鼓動ばかり。感覚ばかりが鋭くなり、実感は不確かだ。


『久々に見かけたらなんか興奮してわけわかんなくなったから謝ろうと思って』

 見ず知らずの人間として処理してきていたティキが、接近してくる。
 あまりに声質が変わらない。
 急速に高ぶる心と殺気は縮小してゆき気がゆるんでいく。ラビは岩肌に背を預けて身を屈めた。
 
「…謝る必要ねぇじゃん。オレも殺そうとしてた」

 殺そうとしていた人間なのに、なんでこんなに普通にはなせているのだろう。
 姿が見えないから?

 通信をブチきることは可能だった。ただ、きることよりも何処かざわめく内心は何かしゃべらなければと焦る気持ちに偏っていた。
 尋ねたいことがあったわけでもなく弁解が聞きたいわけでもなく謝罪を求めているわけでもなく純粋に通信の未曽有な思惑に緊張が走り、自然に気持ちが、窺い見えるかすかな悪戯に緩和した。
 仲間と大打撃を受け、険しい状況下。一縷の疑もなくティキは敵である。

『それにさてもアジア系の…髪の長い奴、強いなァ』
「ユウの方がアンタより強いかもな」
『…おまえの、友達?』
「だったらなんなんさ」
『友達は選べよ』


 ラビは鉛のような酸素を飲み下す。

「…なんのお節介さ」
『お前、引きずられそうだから』

 心臓が早鐘を打つ。笑い声の含まれない声が直接内蔵を刺激してくる。
 どうしてこんなにも組み立ては変わらぬままなのだろうか。
 射抜かれる。いつだってそうだ。ラビを語れば、誰よりも正鵠さを伴っている。だから痛い。


「大きな、お世話」

 ポーカーフェイスさながらの搾りたてのボイス。
 無線の先から溜め息が零れた。

『イカサマ少年生きてるって?』
「あぁ、帰ってきた」
『予想外だよ、まったく』

 仕事が増えた、と言いつつティキは抑揚を隠せぬようだった。
 快楽主義は、面倒なことは犬猿しても、快感を得ることに対してはどん欲だから。

「…暫く、でてくんなよ」
『会いたくない?』
「あれは会うとは言わないさ」

 戦いがはじまれば眼中から自分ははみ出ている。戦力にはなるが主要ではないものの定めだった。
 幾ら儚くとも乞われているわけではなくとも、自分の命は自分のものではなく世界のものではなくただの空っぽ。でも決して落とせない。
 迫りくる危機には対処をする。
 エクソシストとて同じだから利害が一致して今は並んであるいてる。しかしいつか、道はたがう。
 表にはださぬ、些細な価値感の違い。


『仕事だから』
「ンなの便宜上じゃんか」
『聞き分けてよ』
「…誰がお前なんかのっ」

事情なんかしらない。
 何時しか理性が緩やかに解放され感情のまま声を荒げていた。
 ごめんね、と謝る低いバリトンは静寂さえ壊さずゴーレムから流れる。 そっちからかけてきたくせに一方的すぎる。
 胸元を締め付けられるほどに悔しい。まるで手のひらに心臓をぎゅっと搾られているみたい。
 marbleみたいに気持ちが織り交ぜ、途端に苦しさも感じ、なかには切り刻まれたような感じにもなり、ただ否定しかできない。


「……アンタは、なにがしたいんだよ…っ!」

 殺伐として荒んだ空気が胸の中を攫ってゆく。

『…また、あとでな』

 何も答えてくれないまま、糸が切れるように通信が途絶えた。

 答えてなんかちっとも聞きたくはなかった。

 ならば乱すばかりの雑音が早急に途切れれば良かったのか、と疑問が浮かんでも無理やり打ち消すことしかできない。だって、そんなことちっとも思ってないのだから。

「…どう、したいんだよ…っ、オレは」

 おれだけのささやかれた声だけで、こんなに興奮している。

 奥で、ひたひたと水の滴る音が反響する。
 ゴーレムの羽音と細々と水滴の流れる冷たい音でも、ラビの熱い瞼はまったく溶けそうになかった。





【09 答えてはくれない。】by診察室様
某何話の話。







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