ジョーカー

「ストレートフラッシュ」

「またイカサマしやがったな!」

 夜な夜な繰り返される怪しいやりとり。最初は悔しがるラビの顔をみたかっただけ、なんだけど…

 手腕を見せ付けたことを後悔した、と思ってきたところ。




「もう懲りたらどうなの?」

 指先でカードを切りながら、ラビの顔を覗き込むも、その視点は先ほどのカードの並べ方でも思案しているのか定まってはいなかった。
 ティキはため息を吐き出して、ベットの上にカードをばら撒く。もう軽く二十回を越えたチープなゲーム。4回は大富豪、9回はポーカー、そして7回目のブラックジャック。カードゲームなんて宿場にでればいくらでもできるっていうのに、どうしてこんなところでやらなきゃならないのだ。金も何も掛かっていないのにこりごりだ。

「ティキ、もう一回」

 寝転んだティキを介してもいないというそぶりで重々しい仕草のラビがカードを集めだす。
 厭きた、と言ってもどうせ聞き入れてもらえない。ラビの頭は今、ティキのいかさまをあかすためにフル回転中だ。ラビの記憶力をもってすれば、自ら種をあかずとも、次ぐらいでときあかしてしまうだろう。いかさまはテクニックもあるが、タイミングも大事。物覚えが最強のラビにとって、表情さえ隠せば難しいことじゃない。
 ティキはため息を零して体を起こした。枕を手繰り寄せてそれを膝に乗せ、頬杖をつく。

「次でわかるんさ、多分」
「もう厭きたんだけど」
「もう一回」

 カードを切り終わったラビがティキの目の前に五枚配置した。結局有無を言わさぬ展開。
 次々に方法を変えてカードをイカサマしていって、最初はラビに反撃する隙もあたえなかった。しかし、ポーカーの9回目。ラビは、ティキより先にカードを揃えた。見事なまでの手順で。ほぼパーフェクト。
 負けっぱなしの勝負にどうしてこだわるのか、と思ってはいたが、ティキのいんちきを見抜くためだったようだ。
 カードの切り方、並べ方、トレード。全て記憶していた、ということ。
 いんちきにも種々多様、手段は幅広い。ティキがつかっているものももちろん一つではない。一つのいかさまだったら、きっと1回で見抜かれていただろう。9回も負けていたのはひとえに、ティキのもち技を全て掻っ攫うためだったと思われる。なんてしたたかな兎だ。

「……オレに負け戦をしろっての?」

 ティキは短い眉を中心に寄せて、ラビを眇めて見る。低い声で語りかける。決して気分が宜しいものじゃない。
 カードに集中していたラビはふと視線だけ持ち上げる。あまりに真剣だった目が、少し緩んだ。
 ティキはラビの緩和を、締めたとばかりに更に続ける。

「もう見切ったも当然だろ?オレもまたどっかでわざ磨いてくるし。そうしたら今度対等に勝負しようぜ」

 正気に戻り始めていたラビの瞳が、ぱちくり、と瞬く。そのきょとんとした無防備な仕草が、本気で暗記にトリップしていた証拠だった。解き放たれようとしているこのきっかけを逃してたまるか。ティキは、諸手をあげて挑む。低姿勢、しかし積極的に。

「もう、夜も更けたんだしさ」

 枕を横に投げるとティキは身を乗り出した。
 にこ、と笑うとラビにもすぐにその意図は測れたらしい。
 ティキはカードを押しのけてラビの体に手を伸ばす。

「電気消すか、」
「わかった」

 胸に伸ばされたティキの手のひらをラビは引き止めた。
 ティキが固まる。ここまできっぱりとしすぎた同意を受けたためしはなかった。

「そのかわり、最後にOld Maidでいいから、しようぜ」

 ラビが言い出したものは、今までのカードゲームとは打って変わって簡単なものだった。いかさまの方法も限られていて、とても単純な方法で決着がつく。所謂、ばばぬき。

「は?」

 あんなにしつこかったラビが、こんな簡単なゲームに納まるというのか。

「オレはカード切るから」

 さっさとカードを集めなおしたラビが、軽くシャッフルしてすかさず二分した。

「ちょい、オレまだやるなんて…」

「これに勝ったら、お口で奉仕してやるさ」

「はああああ?!」

 ごくごく自然に。ラビはむしろ真剣な表情のまま。ティキは思わず絶叫した。勿論恐怖からではない…聊か身震いする要素はあったものの。

「まじで?!」

「うん」

 カードを揃えながら、頷くラビ。
 ティキは首を立てにふった。

「やる。絶対にやる」

「その代わり、負けたらもう一回ブラックジャックさ」

 ぎらり、とラビの目が光った。

「「勝負」」
 にやり、と笑ったまま、ティキとラビはカードを引き合う。
 カードが減っていくにつれて、異変に気づく。
 ティキははっとする。あまりに興奮して、忘れていた。
 カードを切ったのは、ラビ。
 いかさまなしの勝負などと、誰が言った?


「…ラビ、まさか……」

「んー?早くとって、ティキ」

 語尾にハートまで着けて、首を傾げるラビは、勝敗にこだわった男の目をしていた。
 馬鹿か、自分は。

 全ての切り札-ジョーカー-はラビが握っている、ということだ。
 

 すべてのカードがなくなったとき…否、ティキの手元にだけカードが一枚残って、ラビはそれを掠め取って再びカードを切り出す。

 嬉々としたラビに、ティキは思わずうなだれた。
 
「……単純なオレが馬鹿でした」

「世の中そんなに甘くないさなー」

 けたけた笑うラビに、ティキは肩を下げたまま視線を上げて、睨みつける。
 次のゲームも、どうせ負けるのだ。
 人の心をもてあそぶ、こんな不平等な勝負、あっていいものか。

「…オレも、条件だしていい?」

 ティキはカードをはじくラビの手元を押さえた。

「次のゲームでラビが勝ったら、一日ご奉仕してやるよ」

 ラビがうげっと複雑な顔をする。
 さて、切り札は誰のもとに。






【13 ジョーカー】by診察室様

へたれティキ・ミックを書きたかったのです。ギャグは書いていて自分が恥ずかしくなる以外は楽しいです。…こんな愉快なノリ、望まれていなかったら申し訳ない(あわわ)







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