Days
short
story
0530 リナリーとユウ
「…リー…、リナ……・リナリー・リー」
彼方から呼ばれている気がして、リナリーはゆっくりと頭を擡げた。涙でうるんだ瞳に人がケガうつる。目の前にいたのは神田ユウ。リナリーはしばし視線を定めるのに時間をかかった。深い眠りについていたかのように、朦朧としていた。
「…カン、ダ?」
「居眠りとは、いい度胸じゃねえか」
神田は、若干不機嫌そうな刺々しい口調だった。でもこれは怒っているわけではなく、いつも通り。
リナリーは、開いたままのノートに落としたままのように置かれている、薄目のガラスの眼鏡をかけなおした。短く息をつく。
そして、神田を改めて見て、口端を持ち上げた。
「ありがとう」
神田が担いでいた、分厚いフランス語辞書をリナリーのデスクの上に下ろした。
「呼び出したのは、お前だろ」
「ごめんなさい、あんまりに天気がよかったものでうとうとしてたわ」
「お前にしては珍しいじゃねーか」
ユウが、不敵に口元をゆがめた。なんの衒いもなくデスクに腰を下ろす。
遠くにデスクを構える、リナリーの部下がどよめく。神田は基本的にコミュニケーションをしない。こうして、一言以上話す神田をみたことのある人間なんてこの事務所にはほとんどい
ないのだ。
まして、その神田を簡単なお使いで使う人間も、ここにいる女性以外、やってみたいとは思えど、できる人間はいなかった。
「言い訳になっちゃうけど、最近寝付けなくて」
神田が、眉間にしわを寄せる。習慣になっている、難しい顔。
「厭になっちゃう。わたし、おせっかいおばちゃんみたいなんだもの」
はぁ、リナリーがそれは大きなため息をこぼした。
「人様の恋の行く末が気になって、楽しくてしかたがないなんて、おばちゃんみたいよねえ」
リナリーはゆったりとしたため息をこぼした。一人世界に陶酔するように。
神田は、わけわからん、と一人ごちるリナリーに怪訝な顔をしながら秘書室を後にした。
:::
▲
top