04 純血の寮

三人は列車に揺られながら様々な話をした。リーマスがピーターにカーラとどのようにして出会ったかを話して聞かせると、ピーターは自分には元々の知り合いがいないと言って羨んだ。話をする中でピーターはあまり魔法に自信がないらしいことがわかった。授業についていけるかどうかをあまりに心配するので、カーラとリーマスが二人掛かりで元気付け、なんとか気分が持ち直してきた頃には外はすっかり暗くなっていた。先にリーマスとピーターが制服に着替え、その後にカーラが着替えた。三人とも真新しい制服に着替え終わったとき、ピーターが不安そうに寮の話を持ち出した。

「僕のパパとママはハッフルパフとレイブンクローだったんだ。二人はどこの寮がいいとか、ある……?やっぱり家系で決まるのかなぁ?」
「僕のママはマグルなんだけど、パパはグリフィンドールだったって。すごく楽しいところだって言ってたけど、まだどこに行きたいかまでは分からないなぁ」

リーマスはうーん、と唸りながら答えた。カーラは両親の話が出たことで少しギクリとしたが、それを悟られないように気をつけながら会話に加わった。

「私の両親はスリザリンだったみたい。必ずしも両親と同じ寮になるって訳じゃないと聞いたわ」
「えっ、君のパパとママはスリザリンだったの!?だけど、カーラは全然スリザリンっぽくないし、優しいよ!スリザリンは嫌な奴が多いって僕のパパが言ってた──」

ピーターは驚きを隠さず一気に喋ったが、ほとんど全部言い切ってからやっとリーマスの咎めるような目線に気付いて口をつぐんだ。

「ご、ごめんカーラ。君のパパとママを悪く言うつもりじゃなかったんだ」
「ううん、いいのピーター。スリザリン出身はずる賢いっていうのは誰でも知ってるし」

カーラはにこりと微笑み、それに、と言葉を続けた。

「優しいって言ってくれて嬉しいけれど、私だって悪い魔女かもしれないわよ?」
「そうそう、カーラは魔法薬を調合するのが上手だからね。言葉に気をつけないと、強力な膨れ薬なんかジュースに入れられてるかもしれないよ」

カーラが悪戯っぽく言うと、リーマスもおかしそうに笑いをこらえながらピーターをからかった。ピーターはヒィっと身を震わせ、それを見て二人は思わずぷっと吹き出した。車内が笑い声で満たされたその時、車両が大きく揺れた。ホグワーツに到着したらしい。三人はぞろぞろと車両の外に出る学生の群れに続いた。




* * *




そしてハグリッドという森番に連れられて湖を舟で渡り、ホグワーツに着いた。ホグワーツを初めて見たとき、この感動を一生忘れないだろうとカーラは思った。荘厳な建物、静かにたゆたう湖(夜なので真っ黒だったが)、何もかも信じられないほど美しく壮大で、玄関ホールだけでも「三本の箒」が二百個は入りそうだと感じた。大広間には何千という蝋燭の火が輝き、天井はまるで本物の空のように星が瞬いている。カーラはこれからここで七年間過ごすんだと思うと期待で胸がいっぱいになったが、マクゴナガル先生と名乗った厳格そうな魔女に率いられ大広間を進んでいると、ルシウス・マルフォイが友人と何か話をしながらカーラの方を見ているのに気づいて足取りが少し重くなった。

どこでもいいから、スリザリンにはなりませんよう……。カーラはこんな情けないことを願ってしまう自分自身を少し腹立たしく思ったが、初日から寮の上級生に猛烈に嫌われているというのはあまりに大きなハンデだと感じた。

同級生達が次々と組み分けされていった。気がつくと「グレイ・カーラ!」とマクゴナガル先生の声が響いていた。カーラは心臓が大きく鳴るのを感じながら、滑るように椅子の前まで歩み出た。

「ふむ……見たところ、君は避けたい寮が明確にあるようだね」
「ええ。そういう希望を聞いてくれたりは、きっとしないのでしょうね?」
「いやいや、そんなことはない……自分がどうありたいかは重要な指針となるものだ」

カーラが帽子をかぶるとすっぽりと目の下まで覆い隠してしまった。帽子の中からしわがれた声が響いたが、不思議とカーラは驚かなかった。しわがれ声は何やらぶつぶつと考えている様子だ。

「しかし、君の場合は当てはまらないかもしれない。要領の良さ、狡猾さ、目的を達成するための力、そうした素質を全て備えているだけでなく、君自身が心の奥底ではそう望んでいるように感じる。それに、君はきっとそこでうまくやれる──そう、『誰とでも』うまくやれる。やはり、君は……」

カーラが反論する隙を与えず、帽子は「スリザリン!」と高らかに叫んだ。

──やっぱりね。カーラは諦めと絶望で心底がっかりしながら、そんな心境はおくびにも出さずにっこりと微笑んで歓声をあげるスリザリン寮のテーブルへと向かった。リーマスはグリフィンドールに組み分けされていた。カーラもリーマスにはグルフィンドールがぴったりだと思ったし、多分そうなるだろうと思っていた。そして自分がスリザリンになるだろうということも、なんとなく予想がついていた。ただリーマスと一緒の寮で過ごせたら楽しいだろうとちょっと思っただけ……家系からいってもスリザリンなのは分かっていたことじゃないか。カーラはそう自分に言い聞かせながら、隣にスペースを空けてくれた上級生の横へ腰を下ろした。

「やぁ、スリザリンへようこそ。僕は監督生のラバスタン・レストレンジだ。まぁ楽にしなよ」

がっちりした体格の六年生はカーラが緊張していると思ったのか、愛想良く歓迎の意を示した。カーラはルシウスから遠い席に座れたことにほっとしながら、監督生だというラバスタン・レストレンジと握手を交わした。

「ありがとうございます、レストレンジ先輩。スリザリンは他の寮に比べて、人数が多くないようですね?」
「そうなんだよ。年々純血は減っているし、マグル贔負の輩は増えてるもんでね……このところスリザリンに組み分けされる新入生は少ないんだ。ところで君は……?」
「両親とも魔法使いと魔女ですが混血なんです。スリザリンには、レストレンジ先輩のように頼りになる方がいてよかったです」

ラバスタンは頼りになる先輩と言われ少し気を良くしたようで、それ以上出自について追求することはなかった。ファミリーネームがよく知られた純血一族のものではない時点で、さほど興味はなかったのだろう。カーラは今後血筋について聞かれた時にはこのように答えようと思った。

そして組み分けの儀が終わり、どれから手をつけようか目移りするような山盛りのご馳走がテーブルに現れた。ちらりと他のテーブルを見渡したところ、汽車で会ったピーターもグリフィンドールに組み分けされていることがわかった。そしてなんと、ダイアゴン横丁でカーラが見かけたマグル風ファッションの男の子もグリフィンドール席でリーマスの向かいに座っている。隣に座る眼鏡の男の子と楽しそうにおしゃべりしていた。カーラは自席に向き直り、美味しいディナーに舌鼓を打ちながら周りのスリザリン生と初めましての挨拶を交わした。

「僕はレオ・マルシベール。名前は気に入ってないからファミリーネームで呼んでくれ」
「カーラ・グレイよ。名前は気に入ってるからできればファーストネームで呼んでもらえると嬉しいわ」

マルシベールも同じ一年生だった。厚ぼったい垂れ目で、瞳は明るい緑色。カーラとよく似たホワイト・ブロンドの髪をしているがカーラのそれよりも更に色が明るい。カーラはマルシベールが眠いかもしくは気分が悪いのだろうと最初思ったが、気だるげな喋り方は彼の癖らしい。入学したての一年生にも関わらずもう制服を着崩し、タイを緩めている。

「全く、レオ(獅子)だなんてどういうつもりで付けたんだか両親の気が知れないよ……まぁサーペンス(蛇)・マルシベールでも嫌だが……。あ、こっちの暗いのはスネイプ。さっき舟で一緒になった」
「スネイプはファミリーネーム?なんて呼んだらいい?」
「セブルス・スネイプだ。好きに呼べ」

マルシベールの隣の男の子は素っ気なく名乗った。セブルス・スネイプはグリフィンドール(あるいはハッフルパフだったかもしれない)のテーブルの方をじっと見ていたが、話題が自分に移りふっと目をそらした。マルシベールが暗いの、と失礼な紹介をした理由がなんとなく分かる第一印象だ──青白い顔にしっとりした漆黒の髪、そして黒い瞳のコントラストはドラキュラを思わせる。しかし、マルシベールが取ろうと必死になっていた糖蜜パイの皿をさりげなく寄せてやっているのを見て、本当に冷たい人ではないのだろうと感じた。

「君たち箒ファ何使ってる?僕ヴァ、シルバー・あウォー──」
「おい、君は食べている時に口を開けて喋るな」
「ふぁんだよフネイプ、母親みファいなふぉと言いやがって」

マルシベールが口いっぱいに糖蜜パイを頬張りながら話すので、セブルスが嫌そうに席を離しながら注意した時、マルシベールの反対隣に座っている男子生徒も眉を顰めて席を離そうかどうか迷っている様子だった。深い青色の瞳が印象的な少年だ(青年、といってもいいくらい背が高い)。艶のあるブルネットの髪をきちんととかし、高価そうな腕時計をローブの裾から覗かせていかにも旧家のご子息といった佇まいだ。そんな様子をカーラが見ていることに気づいたのか、カーラは男子生徒と目があった。

「あ、不躾にごめんなさい。カーラ・グレイよ」
「いや、気にしてない。僕はエバン・ロジエール。多分君と同じ一年生だ」

二人は身を乗り出してテーブル越しに握手をした。そして、糖蜜パイを胃に流し込んで口の中が空っぽになったマルシベールとセブルスもロジエールと握手を交わした。マルシベールとロジエールは純血一族が催すパーティで何度か互いに見かけたことがあったらしい。二人とも名の知れた旧家ではあるが、全く雰囲気が違っている──ロジエールは裕福な純血一族のイメージそのものという印象だが、マルシベールはだらしない座り方や舌ったらずの喋り方なども含め、ロジエールとは真逆で、どちらかというとグリフィンドールに組み分けされたマグル風ファッションの男の子に近い雰囲気だ。カーラがちらとグリフィンドール席に目をやると、目ざとく気づいたロジエールが感情の読み取れない声色で言った。

「ああ、あいつはブラック家の長男だよ。シリウス・ブラックだ。二年くらい前まではパーティでよく会ってたがここ最近は見てなかった……まさかグリフィンドールに組み分けされるとは驚いた」
「ブラック家の?ああ、だからあんなに……」

カーラはあの男の子がブラック家の長男だと聞いて、だからダイアゴン横丁で母親があんなにも必死になって注意していたのだと理解した。純血が絶対の誇りであるブラック家の後継がマグル贔負ではしゃれにならない、とそういうことなのだろう。あちら様にとっては消し去りたい過去だろうが、カーラは七歳までマルフォイ家で暮らしていたのである程度旧家の関係性は把握していた。カーラが物知りげに呟いたのを聞き逃さなかったマルシベールが、カーラに突っ込んだ。

「あんなに、何だよ?カーラ」
「なんでもないわ──あっ、私の好きなチョコレート・ファッジ!セブルス、そのお皿こっちにちょうだい?」

シリウス・ブラックも母親に叱られていたなどとばらされたくはないだろうと思いやり、カーラは少々強引に話をそらした。マルシベールははぐらかすなよとごねていたが、カーラはチョコレートの甘さに幸せを感じながら、スリザリンの仲間もそう悪くはないかもしれないと思った。

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