彼女が嫌いだった。それでも彼女、なまえ・みょうじは僕の周りを五月蝿いハエのように飛び回る。まあ僕は魅力的だから、あいつが僕に熱をあげるのも無理はない話だ。そもそもあいつみたいな穢れた血とは関わり合いたくないから無視をするのだけれど、聞いてもいないのに"ドラコ、今日はああでこうで"と一人で喋るものだから無駄にあいつのことについて詳しくなってしまった。
今年のクリスマスは三大魔法学校対抗試合でダンスパーティーがあり、学校内は男女共々色めき立っていた。そして案の定、あいつはいつものとぼけた顔で僕を誘いに来た。

「あ、ドラコ!」
「いいか、答えはノーだ。」
「私まだ何も言ってないじゃない。」

じとっとした目で非難するように僕を見る。「どうせダンスパーティーのことだろう?」と僕が言えばなまえは「そうだよ」と事も無げに答えた。

「こういうのは男から誘うものだ。お前は恥ずかしくないのか?」
「だってドラコはきっと私のこと誘ってくれないだろうから。」
「分かっているなら何で来たんだ?」

頭がおかしいのか、と睨み付ければ「1%の可能性に賭けて来てみたの」とキラキラと瞳を輝かせて僕を見た。おめでたい奴。こいつの頭の中が見てみたいものだ。

「僕はパンジーと一緒に行くんだ。」

思いきり鼻に皺を寄せ吐き捨てるようにそう言った僕に、彼女は困惑した表情を浮かべた。今の言葉に僕の彼女の誘いに対する答えが全て込められているし、困惑する余地などないはずなのに、やはりこいつはバカだ。話すだけ無駄だと振り返ると、彼女は「待って!」と僕の手を掴んだ。急に手を掴まれたことと、彼女の大きな声に僕の心臓が思いきり跳ねた。

「なんだよ?」
「……ドラコはパンジーが好きなの?」

僕を掴む彼女の手に、少しだけ力が入る。僕を真っ直ぐに見つめるその眼差しは、いつものとぼけた顔からは想像もつかないような意志のこもった強いものだった。

「ダンスパーティーに誘うのに好きかどうかなんてそんなことは関係ないだろう!」
「関係あるよ!だって私はドラコが好きだもん!」

僕の怒鳴りつけた声と彼女の大きな声が誰もいない廊下の端から端まで響き渡る。思いがけず彼女の口から飛び出した「好き」という言葉に一瞬僕はたじろいだ。が、すぐに僕の腕を掴んでいた彼女の手を力強く振りほどいた。

「僕に触るな、穢れた血。」

僕は振り返らなかった。否、振り返ることが出来なかった。そのまま談話室までただひたすら前だけを見て、ゴーストの体をたまに通り抜けるのも気にせず無我夢中で走った。


***


「ドラコ、退屈そうね?外に行く?」

パンジーが妖女シスターズの演奏に負けじと大きな声で飲み物を片手に僕に声をかけた。一方、僕はと言うと一点を見つめて心ここに在らずで「いや、いい。」と呟いた。なまえだ。あいつは同じグリフィンドールのシェーマス・フィネガンと楽しそうに踊っている。散々僕に好きだと喚き散らしておいて結局他の男と楽しんでいるじゃないか。僕はパンジーから飲み物を受け取ると、ヤケクソにそれを一気に喉に流し込んだ。バタービールだ。不愉快なくらいに口に広がる甘さに顔を歪める。それから僕は立ち上がると、「一人で外の風に当たってくる。」とパンジーを振り払って大広間から飛び出した。

ホグワーツは外もクリスマスダンスパーティーの特別仕様になっていた。僕の頭上を妖精がキラキラと飛び回っている。イライラしながら思いきり手で振り払えば、妖精は僕から離れるように夜の中を煌めきながら飛んで行った。
目的も無くバラの園の小道をずんずん進み、それから噴水がある場所に出た。その近くのベンチでイチャイチャするカップルに「邪魔だ退けろ」と凄んで退かせると、そこにどかっと座り込んだ。噴水の水しぶきが外灯で輝いている。僕は足元に落ちる小石を拾って噴水めがけて思いきり投げ付けた。

「……ドラコ?」

ぽちゃんと小石が水面に落ちる音と、彼女の声が聞こえたのは多分同時だったと思う。声のした方へ振り向けば、なまえがパーティードレスをひらひらと揺らしながら此方へ近付いてきた。髪の毛も纏め上げ、化粧なんかしていつもと違う雰囲気のなまえに内心どぎまぎしながらも、あくまでも平静を装って「なんだ?」と睨みつける。

「あのちんちくりんのシェーマスとお楽しみだっただろ?」
「でも、ドラコが外に出て行くのを見て気になって……」

その言葉にフンとわざとらしく鼻を鳴らす。僕に穢れた血と罵られたばかりだと言うのにこいつも中々しぶといヤツだ。
なまえはそれからぼーっと噴水の水を眺めていた。灯りに照らされたなまえの惚けたような顔をじっと見ていると、急にこっちに振り向いたものだから驚いて思わず体がビクッと反応してしまった。

「好きな人といる時ってね、この噴水みたいに世界がキラキラして見えるんだよ。」

なまえはまた絵空事のようなことを楽しそうに言った。その瞳は以前見た時と同じように輝きを放っている。

「うん、シェーマスじゃなかったの。やっぱりドラコだったんだよ!」
「……何訳の分からないこと言ってるんだ?」
「そんなことも分からないの?」

なまえのその言葉にカチンときた僕は「分かるさ、もちろん」と口からでまかせを吐いていた。相変わらずなまえは何が楽しいのやらニコニコと笑い続けている。

「それじゃあドラコはどうなの?」
「どうって?」
「私といる時間はキラキラしてる?」


ーー僕がその質問に「うん」と答えてしまったのは、多分この噴水のせいだし、飛び回る妖精のせいでもあるし、外灯のせいだったり彼女の着ているドレスのせいかもしれない。これはきっとクリスマスマジックだ。だからなまえの小さい体を抱き締めながら、僕は僕の中にある小さな世界がわずかに今変わっていっていることに気が付かないふりをした。

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